トヨタ 2兆円

トヨタ自動車の2007年3月期決算における営業利益が「2兆円」台を突破したそうだ。

正確には2兆2386億円と6年連続で過去最高を更新。2兆円を超えるのは日本企業としては初めてだそうである。

国内販売はやや苦戦というものの、ガソリン高騰を受けての欧米での中小型車およびハイブリッド車が好調だったとのこと。

2兆円。

営業利益ですよ、営業利益。売上ではなくて。

売上は23兆9480億円!

 

でも、、、と思ってしまいます。

それだけの儲けがあるのなら、もう少し車の価格を安くしてくれてもいいんじゃないでしょうか?

もう少し社会に還元してもいいんじゃないでしょうか?

現場で血のにじむような思いでこういう業績を達成した従業員(派遣・パートの方も含めてですよ)にはどれくらい還元されるんでしょうか?

バブル以来の好景気、と巷で言われていますが、普通の社員の給料は大して上がっている訳でもなく、「実感がない」というのも当然。企業が儲かっているだけですよね。

 

春闘でも、本格的な賃上げはまだまだ、と言った感じでしたし。。。

 

銀行なんかも随分儲かるようになり、「儲けすぎだ!」との世間の声もあってかようやく利率は上がったものの、手数料で消えてしまうくらいの雀の涙。

バブル崩壊後、苦しい時代が続いたことも分かります。そのツケにまだ回したいのも分かります。

欧米なんかでは多大な利益を上げている経営者ほど、福祉や文化活動などの社会還元に関心が大きいという。これからの企業はますますそういう姿勢が問われる時代になって来ると思う。

最近、企業では環境問題とか、法令遵守とか、安全管理だとかには結構取り組んでいますが、これらは「倫理」というよりも、(企業の存続を危うくさせる事象に対しての)「リスク管理」という観点で捉えられているフシがまだまだある気がします。よく聞く「社会的責任」という言い方にも、自発的というよりもどちらかと言うと、受身的、義務的な感じがします。(日本のサラリーマン社会では仕方ないか・・・)

また、文化施設などは、あることはありますが、、、

企業名とか個人名を冠したものではないのが実は本当に素晴らしいことなのだと思う。そんなことでは宣伝効果がないじゃないか!と言われるかも知れませんが、誰が作った、などというのは表立って言う必要はなくて、人々が喜んで使ってくれることが尊いのだと思う。あえて名前は表に出さず、後で「実は、、、」と分かるくらいの、そういう姿勢の方が後々になって本当の評価を受けると思います。

これは仏教でいう「お布施」の概念に通じる考え方だと思います。

お布施とは、托鉢の僧とか、お遍路さんに食べ物等の物品を振舞うなどといった意味でよく言われます。

でも、これは決して「恵んでやる」「与えてやる」ではありません。

相手に何かを「してやる」行為ではありません。

自分の中にある、金品に対する執着を捨て去るという行為であり、布施する側の心の修行の行為です。そしてそこには「見返り」を求めるという考えは存在しません。自分の修行なのですから。だから、本来は、お布施させて「いただく」というものなのです。

現代では、葬式や法事でお坊さんに「お布施」を払いますが、これは本来の「お布施」の意味ではなくなってしまっています。原始仏教では、僧の生活は、財力のある者や王族などの寄進によって支えられていました。

(※私は宗教団体の勧誘ではありません。生きるための知恵やヒントがたくさん含まれていることに興味を持ち、卒論テーマで仏教用語・概念の研究をしただけの者です。誤解のないように)

 

儲けは、当然企業の努力によるものではあるけれども、それだけ「儲けさせていただいた」顧客があってこそのものであり、顧客へ違う形で還元する、という考えは企業活動と矛盾するものでは決してないと思う。

そうしないと、企業の「一人勝ち」では、また「エコノミック・アニマル」なんて言われてしまいます。。。

 

皆さん、どう思いますか?

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