N響 チューバ協奏曲 再び!

以前、N響でこの曲をやる、とN響アワーの演奏予告で出ていた

ヴォーン・ウィリアムズの「チューバ協奏曲」。

 2007年4月23日
 指揮:金聖響
 チューバ独奏:池田幸広

 メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」
 ヴォーン・ウィリアムズ/チューバ協奏曲
 マーラー/交響曲第1番「巨人」

もうこんなに前のことか。。

この時のは、 

  N響 チューバ協奏曲(2007.4.23)

めずらしい曲だが、池田さんが吹くのでぜひ聞いて見たかった。
そのうちテレビで放送するかと思っていたがとうとうやらなかった。

と思ったら、

2013.7.21 21:00- Eテレ(NHK教育テレビ)でやった!

この時のは、

2013.5.11 NHKホール 指揮:尾高忠明

というものだった。

うん。なかなかよいです。
池田さんもN響に入ってだいぶ経ち、しっかり存在感を出している。

これもしばらく前だが、2011年7月に、読響シンフォニックライブ
という深夜番組でやったのも見た。

その時のソロは、次田心平氏だった。

チューバをやっている人はこういうのを聞いたら刺激になると思います。生で聞ければなおいいでしょうね。

本当にうまいチューバの音を生で聞くと、神々しささえ感じます。

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ベト7(ベートーベン交響曲7番)2

ベートーベンの他の交響曲には、「英雄」「運命」「田園」といった標題が付いているものがある。標題が付いていると、あまり聞きなれていない人でも、なるほど、そういうイメージがする、と曲が分かったような気になれるのだが、この7番はそういう標題が付いていないので、最初は取っ付きにくさがある。

故・山本直純氏が、ベートーベンがもう少し標題付きの交響曲を多く作ってくれていればオーケストラもレパートリーが楽になるのだが、と著書「オーケストラがやって来た」の中で書いていた。標題付きの曲の方が人気があり、観客動員数が断然違うというのである。動員力が小さい曲というのは収益性を考えた場合、名曲でもプログラムにしにくいという訳である。これは随分昔の本で、昨年は「のだめ」で7番が注目を浴びるなどし、にわかにクラシックブームが起こったし、今はそうでもないかもしれない。

私が好きなのは、カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィル(1975~76年・ウィーン・ムジークフェライン)のものである。

これは多くの人が名盤に挙げる演奏でもある。奔放、饒舌、闊達といった言葉で表現されることが多い。何しろ聞いているうちにぐいぐいと引き込まれていき、最後は怒涛のような勢いで終わる。

たまたま初めてちゃんと聞いたのがこのウィーン・フィルのだったのだが、いたく気に入ってしまった。他のを聞きたいという気が起きなかったということからも分かる。

私が買った時は7番だけのやつだった。こんな写真のやつ(写真のみ)。演奏は同じものだと思う。

Bet7001  

 

 

 

クライバーは、1983年のコンセルトヘボウ管とのライブ映像も鮮烈である。終始ニコニコしたような楽しそうな表情(まるで上機嫌に酔っ払っているようにさえ見える)、踊るような指揮、手をグルグル回すだけのようになったり、指揮をやめてしまい肩を体操のように動かすだけになったり、そして怒涛のような演奏。

 ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 作品92

 (これは4番とのカップリングDVD)

フルトベングラー指揮ベルリン・フィル(1953年ライブ)を奥さんが持っていたのだが、これもまた素晴らしい。最初の方はちょっと重たい感じだが、4楽章最後の方に行くにつれ、いつの間にかオケが火の玉のようになって終わりに突入していくようなイメージがある。

97~98年頃だったか、大宮ソニック・シティに来たN響のを聞いたことがある(指揮はウルフ・シルマー)。ホルンの1番は松崎さん。4楽章最後のハイトーンで目立つところなども、バッチリ決めている。管楽器でたまにやることで、他のパートよりちょっとだけ早く音を出して(要するにフライング)目立たせることがある。自分も管楽器奏者なのでついそういう感覚が分かってしまうので、「やってる、やってる」と思い少しニヤっとした(笑)。

3楽章ではトランペットが高い音を伸ばすところがある。初めのうちはよかったのだが、何回目かで、1番を吹いていた津○さんが、おっ外してしまった。少し前に座っていたおじさんが、それまで静かに聞いていたのだがこれを見て「けっっ」と吐き捨てるように言った。厳しい。

プロでもそういうことがあるんだ、まあ人間のやることだからしょうがないよね、などと思いながら、終演後、駅に向かって歩いていたら、楽器ケースを持った津○さんが大きなマスクをしてフラフラと歩いて来るのを発見した。花粉症かなんかだったのだろうか、それで不調だったのだろうか、などと色々想像してしまった。

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ベト7(ベートーベン交響曲7番)1

ベートーベンの交響曲第7番イ長調。

略して「ベト7(べとしち)」。関西圏では「ベト○」ではなく「べー○」とも言うらしい(つまり、「べー7」となる)。

※略語については
4/1 のだめ効果?クラシック略語流行る?ベト7
を参照下さい。

大学オケ時代、年2回の定期演奏会の選曲会議で毎回のように候補に出ては落ちる曲の一つであった。

なぜこの名曲が落ちるのか。

選曲のプロセスはこうだ。まず全員から希望する曲を募り一次候補とする。これを各パートの首席奏者(パートリーダー)らからなるリーダー会議で延々と議論をして決めていた。各パートリーダーは、曲の難易度や楽器編成などを考慮し、パート員の意見も聞いて、推す曲、落としたい曲をパートの意見として出していき、これを繰り返して候補を絞っていく。

アマオケには当然ながら色々な趣味や価値観の人がいる。単純に好きだから、という理由でモーツァルトやベートーベンなど一般的に人気のある曲もいつものように候補に出される。

ところがパートリーダーはそうはいかない。曲の難易度によって、自パートの技術レベルで演奏できるのか、とか、人数が多いパートの場合、ローテーションと言って、できるだけ皆が同等に出番があるよう考慮しなくてはならず、各自パート員の期待(圧力)を一身に背負い交渉に臨むのである。

とはいえ、あれもできない、これもできない、ではナメられて発言力が弱くなることもあるので言い方も考えなくてはならない。そして実は各リーダーの個人的な好みもあったりするが、あからさまにそうも言えないため、色々と理由付けを考えたりもする。

こうして実に虚々実々の駆け引きが繰り広げられ、曲が決まっていくのであった。やっている時は辛いだけで気が狂いそうだったが、後から思うと、これ、随分といい社会勉強になっていたのである(笑。サラリーマンになると分かると思います・・・)。

ベートーベン、モーツァルトなどの古典系は弦楽器を中心に人気は高いが、選曲においては敬遠されがちである。理由は、金管・打楽器の出番が少ないということもあるが、「難しい」からである。古典系の難しさというのは、「ごまかし」が利かないところにある。

近現代の曲などでは、早いパッセージや高い音など多少技術的に難しくても、とにかく練習して譜面通りにできればそれなりに曲になってしまう(ように聞こえる)ものも多いが、古典はそうはいかない。無駄な音がなく、ちょっとのアラでも目立ってしまう。相当練習しても「名演」まで持っていくのは難しい。ただ好きな曲ができればいい、と開き直りでもしない限り、古典をやるのは相当の勇気がいる。ただ、音楽の作り方などで非常に勉強になる部分が多いので、そういう理由であえて取り上げることもあった。

そしてもう一つの理由。

大体、金管セクションは自信満々系の人間が多く、難しくても自分のパートがバリバリ吹いて目立つ曲を強硬に推してくることが多い(マーラー、ブルックナー、ワーグナーとか)。ベト7というと、別名「ホルン協奏曲」と言うくらい、ホルンが目立ち活躍する(特に1楽章と4楽章)。

ところが、この曲だけはホルンが嫌がるのである。この二つの楽章は結構高い音が出る。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」などのように同じくらいの音が出てくるものもあるが、音形によって出しやすさが違うのだと思われ、ベト7はいきなり「パーン」と出さなくてはならないので難しいのだと思う。

嫌がると言っても、はっきりとそうは言わないところがいやらしい(笑)。

曰く、この曲は「(演奏を)保証できない」と。(正直に難しい、とかできない、とか言えばいいのに、ねえ)。

もう1曲、ホルンが絶対に嫌がったのは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(通称、ティル)。これは恐らく冒頭のウルトラE難度宙返りのようなソロに理由があるのだと思う。

演奏会プログラムは、基本的には3曲プロで、前プロ・中プロ・メインと呼ぶ構成を取ることが多い(曲の長さや難易度的に見ると通常は、前プロ<中プロ<メインとなる)。大体は核となるメイン・プログラムが決まって、その後、全体のバランスを考えて前・中が決まっていったように思う。

人手不足のパートなどは「全ノリ(乗り)」と言って有無を言わさず全曲出演となるが、人数の多いところは、前ノリ(前プロだけの出演)、とかメインだけ、などとなる。

なのでメインが古典系のように、金管がトランペット2・ホルン2だけ、とか打楽器はティンパニだけ、とかの編成の曲になってしまうと、金管や打楽器が黙っていない。そうすると前プロや中プロが大抵、金管・打楽器がドンカチャンカやる派手な曲になる。邦人の作品で結構そういうのがあり、こういう時、よく候補に挙がった。「困った時の邦人頼み」という格言さえあったほどだ(笑)。でも邦人は弦楽器にとってはあまり「勉強にならない」そうで嫌がる人が多かった(吹奏楽に近い作品が多いのだろうか)。

次、私の好きなベト7の演奏について。
これは、長くなるので・・・【つづく】

   ベト7(ベートーベン交響曲7番)2

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ロストロポービッチ氏死去

ムスティスラフ・ロストロポービッチ氏(チェロ・指揮)が死去したそうです。享年80歳。ガンを患っていたとの報道もあります。

ロストロポービッチと言うと思い出すのは、、、
2001年5月。ウィーン。

身内がベルギーで結婚式を挙げることになって出席することになり、ついでに他の場所も旅行することになって、初日をウィーンにした。

この日、楽友協会(ムジークフェライン)では、ロストロポービッチ独奏で小澤征爾指揮ウィーン・フィルのマチネがあるのは知っていて、見たかったのですが日程が合わず、夕方の到着となっていました。何か聞ける演奏会はないか、と当日券を求めて楽友協会に行ってみました。勝手がよく分からずに裏口あたりをウロウロしていました。

すると、その時・・・

公演を終えたマエストロ小澤が裏口から出てきたのです。

Tシャツに着替えた姿でスタスタとこちらに歩いてきます。何か声をかけたかったのですが、付き人のような方と忙しそうに早足で来られたものですから、迷惑ではないかと気後れしてしまいました。

目の前に来た瞬間、マエストロと目が合う。喉まで声が出掛かりましたが、そのままこちらは金縛り状態です(笑)。マエストロはこっちが何か言いたげにしているのを察知して、一瞬立ち止まったように見えましたが、こちらが黙っていたのでそのまま近くのホテルへ消えて行かれました。

呆然としながら、写真だけでも一緒に撮らせてもらえばよかった、などと反省中、今度は白髪のおじいさんが出てきたかと思うと、、、

出てきたのは巨匠ロストロポービッチ。

キャスターが付いたチェロケースをごろごろと転がしながらこちらへ歩いてきます。矍鑠(かくしゃく)としていて、早足でした。目の前で目が合った瞬間、顔は笑顔を作ったものの、またもや喉まで声が出掛かって止まってしまいました。

この一件は良い思い出にはなりましたが、今となっては本当に悔やまれます(笑)。二人の巨匠と一緒の写真でも撮れていれば家宝ものでした。

結局この日はコンツェルトハウスの方で、エッシェンバッハ指揮のパリ管の公演があり、そちらを聞きました。チケット売り場で地元のおばちゃんらしき人に声をかけられ、「パリ管?チケット譲ってあげるわよ」と(多分)言われ、ほぼ定価ではありましたが譲ってもらいました。ダフ屋とかではなく、都合が悪くて行けなくなった人が個人的にチケットを譲りにくることがよくあるそうです。日本円にして2700円くらいだったと思います。

パリ管は凄かったです。確かベルリオーズの「夏の夜」(?)とかいうのと、「ローマの謝肉祭」と、メンデルスゾーンのイタリア(交響曲第4番)。時差の関係で、日本からずっと長い一日が続いてそのまま徹夜をしているような状態だったので朦朧としていましたが、一糸乱れぬ整然とした演奏と、もの凄くきれいな音。パリ管はレコードで聞くとちょっと音が軽い感じを印象として持っていましたが、そんなことはありませんでした。圧倒的な音圧。アンコールは、ハンガリー行進曲と「真夏の夜の夢」のスケルツォ。ハンガリー行進曲が一番凄く、怒涛のような演奏でした。(これで2700円は格安!)

★★★

ウィーンは95年に新婚旅行で初めて行きましたが、とても気に入ってしまったのです。音楽の都として世界的に知名度があるが、決して大きな街ではない。路面電車がいい感じで走っている。路面電車の運転士のおじさんは、駅に近づくと、チンチンとベルを鳴らし、駅名をボソボソっと言う。マイクを付けているがよく聞き取れない。ちゃんと言ってよ、と最初は思ったが、日本のバスの運転手さんとかも、決して皆がハキハキしている訳ではないなあ、と考えると、似たようなもんか、と妙に納得。夕方になるとみんな仕事を終え、アイスクリームやらサンドイッチやらを食べながらのんびりと散歩している。

古い建物と新しい先鋭的な建物が同居しているものの、中心部には13世紀に建てられたというシュテファン寺院がそびえ立つ。間近で見るその石造りの建物は、長い間、風雪にさらされて一面黒ずみ、時代の重みに圧倒される。こういうのは写真とかではなく、実際に見て初めて実感できるのだと分かりました。

その時はたまたまウィーン市の芸術なんとか週間とかで、夕方から市庁舎前の広場でなんとウィーン・フィルの第九の演奏をタダで聞けてしまいました(指揮はメータ)。遠くてよく見えませんでしたが、多分フルートの一番はシュルツだったと思います。

みんなホットドッグを食べ、ビールを飲みながら、草むらに座ったり寝っころがったりしながら聞いています。あのウィーン・フィルをです。
こういうのを本当の「贅沢な」聞き方と言うのではないでしょうか。

ウィーン・フィルは現地でもチケットの入手は困難と聞きますが、それでもこういのを見ると、日本で考えられているよりもずっと市民に近い存在であるのではないでしょうか。うらやましい限りです。

巨匠のご冥福を祈ります。

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どこのオーケストラ?

今日の午後1時頃、東京駅八重洲北口のあたりにいたら、外国人観光客のような団体がいた。

その中の何人かの人はバイオリン等の楽器ケースを持っている。どこかのオーケストラの人達だろうか。知っている奏者らしき人は見つけられなかったが、、、

東京駅は国内交通の要所なので色々な人を見る。

何年か前、プロ野球選手の集団を見かけたことがある。恥ずかしながらあまり野球選手に詳しくないので、最初は何の集団だかわからなかった。皆紺色っぽいスーツを着て、やたらと背が高く、がっしりとして日焼けした若い人達がぞろぞろと中央改札を出て歩いてくる姿は一種異様にさえ映った。最後の方に歩いて来た人だけ分かった。

「田尾監督だ!」(顔が大きかった・・・失礼)そうか、楽天か。電車で移動しているのか。。と思いました。

山口良一さんも見た。ちょっと伏目がちで歩いている姿は注意しないと気がつかない。

井崎修五郎さんもタクシー乗り場でずっと前に見たことがある。ただのオジサンという感じだった(失礼)。

それだけの話です。どういうわけか、男性の有名人ばかりです。女優さんとかアイドルとかに一度遭遇してみたいものです。実際に見ると本当にきれいらしいですから。

 

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吹奏楽の演奏とは

大体の吹奏楽系の演奏では、全体の演奏が重くなるのを嫌って、小節や拍の頭はパーンと強く吹くのですが、「歯切れよく!」とその後の音をほとんど抜いてしまう傾向があるように思います。その結果、一見歯切れのよい演奏になるけども、抜かれた音では十分な息が入らず楽器は鳴らなくなるし、リズムは詰まってしまい、拍ばかりが意識されてフレーズが持続しない、という結果を多くの場合もたらすように思います。

こういう演奏をずっとしていると、リズム主体の曲はまだいいですが、歌い込むようなメロディーや、粘りやうねりといった表情を表現するのは難しくなってきます。長いフレーズなどでは、最初の方の音から後ろに行くにつれ音がやせて、テンポもつまってしまうので、間がもたなくなって、「聞かせる」ことができなくなっている演奏をよく耳にします。

また金管はそこそこ音量も出ますが、木管の吹き込みが弱い傾向がどうしても気になってしまいます。大体、静かな部分のソロなどでは全体の音が薄くなって、小さく聞こえるように曲ができているのに、ソロも小さく吹いてしまっていることが多く、大きなホールでは蚊の鳴くような音になってしまいます。歌って聞かせるような部分ではかなり吹き込んでもちょうどよく聞こえるくらいなのに。

これは私自身、アマチュアですが実際に吹奏楽で奏者として、指揮者としてやった経験があり、ずっと考えてきたことです。

私も昔はこういう演奏が理想的なのだと信じて疑っていませんでした。しかし次第に、「音楽」として考えた時に、どうしても不十分と感じるようになってきたのです。

吹奏楽をずっとやっている人にとっては、こういう演奏が基準となってこれまでずっと聞いてきたと思われるため、あまり違和感がないのかもしれません。しかし、それは、そういう録音しかなかったからだと思います。

これだけ多くの吹奏楽人口がいるのに対して、参考となる音源があまりに少なすぎるのではないでしょうか。したがって比較の対象も少ない。

そして少し前までは、そういう音源はコンクールの課題曲・自由曲用・演奏会レパートリー用にと「教育的配慮」をした「模範演奏」という位置づけがされていた(今でもそうか?)。その「教育的配慮」とは、各楽器の音がまんべんなく聞こえ、何を吹いているかよくわかるようにと、マルチマイクでミキシングしまくりという形でなされていたりします。しかしそれは「生」の響きとは程遠いものだったりします。

ミキシングした音を手本としたって、同じ音が出せる訳がないのです。技術的には、リズム、音程などはきちんとしていますが、聞いていて「楽しい」とどうしても思えない演奏もありました。練習するにあたっては、そういう録音を、これが「正しい」演奏なのだと信じて手がかりとするしかなく、何度聞いても「楽しい」と思えないような演奏を手本にしても、どう演奏したらいいのかまるでイメージが湧かないことに随分悩んだこともあり、感性がめちゃめちゃになった気さえします。本当に優れた手本となる演奏は必ずしも多くないと思います。

そして多くの場合、中学や高校で初めて楽器を持ち、吹奏楽をやる人達がこういうのを何の疑問も持たずに「正しい音」「正しい演奏」と盲信することになってしまうのは大変危険なことだと思います。

また、大半の学校では吹奏楽の指導は1人かせいぜい数人の指導者(大部分は音楽の先生)が行っていると思います。先生によっては、声楽やピアノ専攻の場合もあり、逆に「音楽」を教えることはできても、初心者に最も大切な管打楽器の基本的な演奏技術をすべての楽器で満足に行うことは難しいと思います。管打楽器専攻の先生だとしても自分の専門以外の楽器では同様です。楽器の技術面で手本になるのは、大抵の場合、同じ楽器の身近な先輩しかいません。先輩とて楽器のすべてに通じているわけではありません。初めて間もない生徒達に、本当にいい演奏・いい音の手本を聞き分けて見つけるのを期待するのは酷です。そういう状況で、音程だ強弱だ、テンポが合わない、音が汚い、と言う指導をされて本当にその楽器の持つ音色や魅力を知ることなく、中途半端な演奏しか身に着かない、あるいはコンクールでいい成績を残すことだけに血道を上げることになりはしないかと、とても危惧しています。

顧問や指導者としての先生は大抵の学校の場合、1人ということになるのでしょう。各楽器については個人レッスンにつくのが本当は一番いいのでしょうが、すべての生徒がそのレッスン代を負担することを強制はできません。常勤ではなくても楽器(少なくともセクション単位)の専門のトレーナーのような形で指導するような形は取れないものかと思います。毎年音大を卒業する人は山のようにいると思うので、そういう方を地域の学校で講師・トレーナーとして招くことはそう難しいことではないと思うのです。そして初期にこそ重要な楽器の基本的な演奏技術を教えるとともに、やれ音程だリズムだということよりも、まず楽器を、そして音楽を「楽しむ」ことを十分に教えていって欲しいと思うのです。そういうことをすでにしているところもあるとは思うのですが、それほど多くないのではないでしょうか。

管弦楽(オケ)に比べて、吹奏楽を低く見る人がいる、と敵対意識のようなものを持つ吹奏楽ファンもいるようですが、私はそうは思いません。どちらかだけが正しくて、どちらかは価値がない、ということでもないと思います(どちらから見てもです)。吹奏楽の曲にも素晴らしい曲が沢山あり、どちらも好きです。でも演奏には満足するものになかなか出会えません。

吹奏楽の演奏スタイルとはこういうもの、あるいは、これは私個人の単なる好みの問題なのかとも思いましたが、私以外にも、よい音源になかなか巡り会わない、と言われている人もいるようなので、必ずしもそうではないと思います。

これは違う、これが理想的な演奏でしょう、というのを実際に自分で演奏して証明できればいいのでしょうが、悲しいかな、そこまでの力量は持ち合わせていません。音楽の専門家の方々はこういう点についてどう思われているのだろうか。問題にもされていないところが問題なのだと思いますが、どうなのでしょうか。真剣に考えていただきたいと思います。

また、誤解の無いように補足しておくと、前回からシエナ・ウィンド・オーケストラについて否定的とも思えるような事を言っていますが、ちょっと違います。

佐渡/シエナを初めて知ったのは、たまたま「ブラスの祭典」のCDを見つけたこと。しばらく吹奏楽から遠ざかっていたのですが、キャンディードとかアルメニアンが入っているというので、思わず買ってみたのでした。このCDには少し期待を持ちました。

ブラスの祭典
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. 「キャンディード」序曲 
2. アルメニアン・ダンス パート1 
3. 朝鮮民謡の主題による変奏曲 
4. バレエ「ガイーヌ」 ~剣の舞 
5. バレエ「ガイーヌ」 ~子守歌 
6. バレエ「ガイーヌ」 ~バラの乙女たちの踊り 
7. バレエ「ガイーヌ」 ~レズギンカ 
8. 「ウエスト・サイド・ストーリー」 ~シンフォニック・ダンス 
9. 主よ人の望みの喜びよ 
10. 星条旗よ永遠なれ 

初めて聞いた時の印象は、それ以前の吹奏楽では聞いたことのないような音で、クリアな音、ダイナミックな演奏、ライブでの迫力など、十分なインパクトのあるものでした。その時点ではかなりの満足度を感じたのは事実です。しかし、、、聞いているうちに、やはりだんだんと上のような特徴が気になりだしたのです。ベタボメのCD評には「吹奏楽の域を超えた」とされるものもありますが、私には依然「吹奏楽の中での最高レベル」に止まっているように思えて仕方がないのです。

それでもFMでホルストの第一組曲他をやったのを聞き、それが「ブラスの祭典3」のものとわかり、期待を込めてまた買いました。ホルストはまあよかったのですが、期待していた「シンフォニア・ノビリッシマ」は、またもや・・・。演奏は上手いのです。上手いのだけども何かが違う。序奏はまあいいとしても、アレグロが早すぎる(楽譜の指定は四分音符=140だ)。リズムが前のめりに詰まり、せせこましくなってしまっている感が否めない。中間部はそれと対比して佐渡氏が存分に歌い込もうとしてものすごく粘りのあるゆったりとしたテンポにしているのがよく分かるが、演奏側がその粘りについて行けずに小節・フレーズの終わりの方になると間が持たなくなっている感じがしてしようがない。

日本の吹奏楽において、「シエナ以前」と「シエナ以後」は確かにあったと思います。それまでは録音も限られたバンドのものしかありませんでした。シエナの演奏会は、そのエンターテインメント性の高さからも大人気となり、今や「日本を代表する」吹奏楽団とまで言われるようになり、多くのファンがいることと思います。少なくともそれまでの録音よりは、中高生を初めとするアマチュア奏者にとっては良い演奏と思います。

しかし、だからこそ、もっと徹底してやってほしい、ということなのです。

実際、シエナ自身も「それまで」とは違うものを、という思いできっと結成されたバンドであったのだと思うのです。これまでの少し古めの吹奏楽の「いわゆる名曲」を頻繁に取り上げる選曲からも、そういう想いが伺えると思います。「それまで」と違う演奏は既にできているとは思いますが、そうであるならばこそ、従来の吹奏楽特有とも思える演奏スタイルを払拭するくらいにやってほしい、という期待なのです。彼らはそれくらいのポテンシャルを十分に持っているはずであると思うのです。

ブラスの祭典(3)
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. 20世紀FOXファンファーレ(ニューマン) 
2. 高度な技術への指標(河辺公一) 
3. シンフォニア・ノビリッシマ(ジェイガー) 
4. 吹奏楽のための第1組曲変ホ長調op.28-1(ホルスト) 
5. 風紋(保科洋) 
6. フェスティヴァル・ヴァリエーションズ(スミス) 
7. 詩のない歌(ルディン) 
8. ディスコ・キッド(東海林修)
※〈CD/SA-CDハイブリッド仕様〉 

ブラスの祭典には(2)もある。聞いてみたい気もするが、買うまで決断が着かない。。。

ブラスの祭典(2)
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. オリンピック・ファンファーレ&テーマ
 (J.ウィリアムズ/小長谷宗一編) 
2. 2つの交響的断章(ネリベル) 
3. プレリュード,フーガとリフス
 ~ソロ・クラリネットとジャズ・アンサンブルのための(バーンスタイン) 
4. 歌劇「ローエングリン」~エルザの大聖堂への行列
  (ワーグナー/カイエ編) 
5. 交響詩「ローマの祭り」(レスピーギ/森田一浩編) 
6. ロンドンデリーの歌~アイルランド,デリー州の調べ(グレインジャー)
※〈CDエクストラ〉内容:星条旗よ永遠なれ(スーザ)(ライヴ) 

 

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N響の吹奏楽(アルメニアン・ダンス)

この「N響吹奏楽」はもう昨年の話で、当時既に沢山の方が話題にされているとは思いますが、書かずにはいられないので書きます。(昨年ブログをまだ持ってなかったので)。2006年8月6日「N響ほっとコンサート」において、N響初の吹奏楽演奏が行われた時の話です。

この中から、リードの「アルメニアン・ダンス パート1」1曲だけがN響アワーで紹介され、何で1曲だけなんだ、もっとやったはず、と思っていたら、後にBS2でコンサート全部をやりました。

・・・・と思ったら、

 今度の日曜のN響アワーでこの時のアルメニアンをやるらしいじゃないですか。なんてタイムリー!

 4月15日(日)21:00-22:00 吹奏楽のススメ

 昨年見損ねた人は必見ですよ!

この時の演奏については、絶賛の声が多く聞こえたと思っていますが、否定的な意見もあり、賛否両論になっているようです。私としては「絶賛」でした。あのクリーブランド管以来の名演と言えると思います。

(この前回の話も参照下さい)

  クリーブランド管 ホルストの演奏について (4/5)

N響と言っても管の正団員はそんなにいないので、トラ(エキストラ)が大分入っていましたが、東響など他のオケで見かけたことのある方が中心のようでしたし、ユーフォニウムはどこかで見たと思ったら、外囿祥一郎氏が出ていて、布陣にぬかりなし、といったところ。サックスでは須川展也氏も出演しています。

「アルメニアン・ダンス パート1」

最初の1小節を聞いただけで「おっ、これは凄いかも」。
2拍目の低音の入り等、音の立ち上がりからして違う。ダイナミックレンジの広さなども、ここ最近聞いたことのない音。チューバがよく鳴っている。2小節目からのトランペット・ホルンも最後まできちんと息が吹き込まれていて音がやせない。

「あんずの木」。フルートを中野さんと細川さんが吹いている。。凄いことだ。(2列目の男性は確か東響の人?女性も見たことがある)音が最後まで持続している。

フルートの後のコール・アングレーの池田(昭子)さん。ここは他の楽器も同じ旋律を吹いていたかもしれないが、ほとんどソロ状態。やはり朗々と歌いこんでいる。ウラ拍においても息をきちんと吹き込んでいて、音がやせずに長いフレーズが持続されている。ここの部分はこれまでに聞いたことがないくらい音楽的な演奏である。その後の茂木さんのオーボエソロも同様。

「あんずの木」最後の方、ホルンの例の「ラソシソ ラソシソ~」は松崎さん。微動だにせずに吹いています。安定度抜群で安心して見ていられます。吹奏楽系ではこんなのは聞いたことがない。大体(特にアマチュア)はここの部分は危なっかしくて聞いている方がハラハラしてしまう部分である。オケのホルンは常日頃露出度が高いのでさすがに鍛えられているという感じです(このくらいのは屁でもないんだろうな、という感じ)。ホルンはこの後の「ナザン」や「ゆけ、ゆけ」のいくつかの見せ場でも、眉一つ動かさず、同様のパフォーマンスをしています。吹奏楽系とオケ、アマチュアとプロ、などの比較において、音が「ビャーッ」と広がらずにまとまるといった点で、一番歴然とした違いを感じるのがホルンだと思います。

「ナザン」の打楽器を中心とするダイナミックな音はさすがで、「アラギャス」も、音が最後までやせずに長いフレーズがきちんと表現されていてました。

「ゆけ、ゆけ」。クラリネットが難しいパッセージで活躍します。コンマスの横川さんはその重責からか張り切っているので例外ですが、他の方は皆余裕顔で吹いています。「ナザン」のスケール調のところでもそうでした。音もフレーズの最後まできちんとよく出ています。こういう人達を本当の名手と言うのでしょう。2列目の磯部さんの横の女性お2人(不勉強で名前を存じませんが)も涼しい顔をして吹いていました。

この部分の金管の「合いの手」的なところや、最後の方のクライマックスのトランペットや低音群も、音を抜かないできちんと音価一杯に音を伸ばしています。津堅さん始めとするトランペット軍団7人の音は凄かった。(津堅さんが吹いていたのはC管の楽器みたいです。この方は大体いつもそう。C管が好きなのでしょうか)。全体的に重厚な感じですが、リード指揮の佼成の演奏も、かなり粘りのあるゆったりとしたものだったし、これくらいがこの曲の理想的な演奏なのだと思います。吹奏楽をずっとやっている人の感覚だと重すぎて好きでないという人もいるのかも知れません。

しかし、吹奏楽におけるファゴットというのは、本当に目立たなくて気の毒だ・・・

後でBSで見た、スーザ「海を越える握手」(これが演奏会の本当の最初の曲)は最初の1フレーズから、やはり凄いことになっていましたユーフォとチューバのユニゾンの音が良く響いています。ところどころ「ため」を作る山下一史氏の指揮には否定的な声もあるようですが、コンサートでの演奏なので、メトロノームテンポよりずっとよいと思います。中間部の付点のリズムもつんのめることなく、品のある演奏にちゃんとなっていました。

第1部・吹奏楽のアンコール曲、スーザ「星条旗よ永遠なれ」も抜群の安定度とダイナミックさを併せ持つ演奏でした。最後のトランペットとトロンボーンの吠えまくり大音量はちょっと羽目を外していたとは言え、ポテンシャルの高さがうかがえる音でした。

ちなみに第3部はフルオケでレスピーギの交響詩「ローマの松」をやりましたが、金管吹きまくり(特にカタコンブのトロンボーンなど、オケではこのくらいは普通ですが)、クラリネット・フルート等のソロも安定していてました。

おそらくこの時の吹奏楽演奏は、せいぜい1日か2日の合わせ練習くらいだったと思います。それでこれだけの演奏ができるのですから凄いことなのです。やるからには例え短い練習でももっと高い完成度の演奏をすべきとの意見もあるようですが、細かいアラはあるにせよ、こういう音が出せる、という可能性を世に示したのは非常に意義深いことだと感じました。ぜひ生で聞きたかった演奏です。

同じ頃、「BSクラシック倶楽部」で「佐渡裕&シエナ・ウィンド・オーケストラ 富士山河口湖音楽祭2004」のコンサートの模様をやっていて、奇しくも同じ曲「アルメニアン・ダンス パート1」と「ローマの松」が演奏されていました。この2者を聞き比べると非常に面白いです。フレーズ感やソロの充実度などに大分違いが見られます。

佐渡さんはずっと色々なオケを振って来た人ですが、シエナと組むにあたっては、吹奏楽だからこう、オーケストラだからこう、という境界は考えずに、むしろそういうものを超越した「音楽」をやる、と考えているのだと思います。あとはシエナがどこまで近づけるかだと思います。

吹奏楽オリジナル曲はまだいいとしても、レスピーギなんかはもう少しやりようがあるのではないかと感じてしまいました。吹奏楽でオケ物をやる時は、何を目指してやっているのだろうか。その曲の持つ雰囲気、精神性などにいかに迫れるかということなのだろうか。そうすると自ずと原曲(オケ版)の演奏に本来は近づくのだと思うが。。。

今年もぜひN響吹奏楽をやってくれることを期待したいです。やるなら同じリードの「アルメニアン・ダンス パート2」でもやって欲しいものです。ホルストの第一組曲、第二組曲、ジェイガー「シンフォニア・ノビッリシマ」などもいい。ノビリッシマの冒頭部分の金管はカラヤン・ベルリンフィルの「フィンランディア」のような張りと粘りのある音でやるのがいいと思うのですが。また一石を投じて欲しい・・・何に??(笑)

 

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手作り仏像

私ではありませんが、父親(69歳)作の手作り仏像です。

最近完成した新作です。

これは阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)。

全体の高さは約30cmくらい。

ちょっと写真が上手く撮れませんでした。。。

20070407amida03  

 

 

  20070407amida02

 

 

 

 

 

数年前から趣味で始めたものです。カルチャースクールで入門講座があり、しばらく通って基本的な事を習ってきました。

習うと言っても、立体なので設計図などは無く、木の塊に輪郭を簡単に描くくらいで、あとはお手本となる仏像の写真や絵などを見て彫っていきます。

しかも彫刻刀のような刃物ですべて彫り、顔とかのつるっと仕上げる部分でもヤスリとかカンナとかは一切使わないものだそうなのが驚きです。光背の最初のくり抜きに糸鋸を使うくらいみたいです。

最初は練習で頭だけ、というように部分的に作っていきます。そういうのも含めると結構な数になります。

20070407amida01

 

 

 

 

 

本体と光背と台座は別々ですが、それぞれは一つの木材から彫ります。

気の遠くなるような、根気のいる作業です。ちょっとでも手元が狂って「あぁっ」なんてなったらおしまいです。

私もちょっと興味があるのですが、ずぼらな自分にはとてもできなさそう。頭が下がります。(父・A型、私・A●型)

昔から信心深く、四国に住んでいた時も、八十八ヶ所霊場巡りに一緒に連れて行かれたものです。家族の中で唯一全ヶ所制覇したのは父親だけです。

 

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クリーブランド管 ホルストの演奏について

この話題に関しもう少し。

(CD情報については先述の カラヤンじゃなかった? を参照)

フェネル指揮のクリーブランド管(クリーブランド管弦楽団管楽セクション)1978年録音の、ホルスト「吹奏楽のための第1組曲」他の録音は、この曲の決定版だ、と言う人も多いようです。かく言う私も初めて聞いた時の衝撃はずっと続いていて、自分にとってもこれがナンバー1です。

この曲のいいところは、主題(最初のシャコンヌのメロディー)が一貫して3つの楽章に入っていて曲全体が捉えやすいところにあると思います。よく曲を捉えることができればそれなりの演奏になると思います。同じ組曲の第2番と比べて、1番は「基本編」、2番は「応用編」だと言うこともできると思います。1番をきちんとできるようになるとかなり力がつくと思います。2番はやったことがありませんが、1番に比べると曲想も増えて少し難しいと思います。

この曲の演奏は、フェネル指揮のイーストマン・ウィンド・アンサンブルとクリーブランド管のをずっと聞いてきました。面白いのは両者の演奏を比較すると、同じ指揮者でも大分違いがあるということです。

イーストマンのは音楽学校の学生の演奏だけあって、若さとパワー溢れる、という印象で、よく聞くと実は結構雑な感じもあります(よく言うと「荒削りなパワー」というヤツ?)。

これに対してクリーブランドの演奏は、よく聞くと一種冷静で覚めたような部分も感じます。これは、一流オーケストラのベテラン奏者達による演奏ですから、技術的にも申し分なく、きちんとまとまってもの凄い演奏になっています。しかしそこにはある種の余裕というものが存在しているからだと思います。

例えるならば、前者は軽とか1000ccくらいの車でフルアクセルで飛ばしている感じ、後者は同じスピードでも3000ccくらいのセダンとかでさーっと余裕で巡航している感じとでも言いましょうか。安定度が違う。キャパシティの大きさが違うということです。

そしてなぜクリーブランドの演奏が凄いか、もう一つ感じていることがあります。

それはオケ吹き(オーケストラ奏者)による演奏、ということにあります。

続きを読む "クリーブランド管 ホルストの演奏について"

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襲名ということ もしクラシックなら・・・

歌舞伎俳優・中村信二郎(47)が叔父の名前を襲名し、2代目中村錦之助になる、というニュースを見た。歌舞伎・狂言などだけでなく、落語の世界でも、林家こぶ平が正蔵を襲名し、きくおが父の「木久蔵」を襲名する予定になっている。

主にこれらの芸道の世界で聞く「襲名」ということ。昔は、ただ名前を継ぐくらいにしか思っていなかったため、何でそれが大きなニュースのなるのかよく分かっていなかった。

襲名には本来どのような意味があるのだろうか。

襲名とは、役者が先祖や父兄・師匠その他先人の名跡を継ぎ、その芸風・信用・地位を引き継ぐことを意味する。そして一段または数段階の格上の名跡を継ぐことが一般的であるようだ。(参考 平凡社『歌舞伎事典』)

名前だけでなく、芸風を継ぐということがポイントのようである。要するにその先人の名に見合うだけの芸風、風格を備えていることが本来必要となってくる、ということであろう。これは単に名前や家を継ぐ「世襲」とは異なり、昔はそれに値するだけの器がなければ血筋であっても襲名できなかったらしい。

そして格上の名跡を継ぐということは、特に歌舞伎の世界では一般的で、興行側の思惑もあるようだが、それによって役者を一回り成長させる意味合いも持つようだ。初めのうちは本人もプレッシャーを感じ、周囲の期待も大きく「名前負け」することも多いという。しかしそのプレッシャーを乗り越えた時、役者は大きく成長し見違えるような演技を見せるようになるという。

なるほど、と頭では理解はしたが、実際今ひとつピンと来ていなかった。

少し前に妙なことを考え付いた。これを他の世界の、自分に身近なジャンルに置き換えてみたらどうか。

これを例えばクラシック音楽の世界に当てはめるとどうなるか(実際はないと思うが)。

カラヤンの後のベルリン・フィルの音楽監督の後任、バーンスタインの愛弟子という肩書き、また名を残した音楽家の2世音楽家など、、、これらは大きなプレッシャーのかかることであろう。

しかし、、、 もしもシリーズ(笑)

「カラヤン」を襲名する・・・
「バーンスタイン」を襲名する・・・
  ・・・こうなると話は全然違ってくる。

「私は来年カラヤンを襲名し、名乗ります」
「私は2代目バーンスタインです」
  ・・・ということになるのである。

これ、ものすごく大変なことではないだろうか。

カラヤンやバーンスタインなど、その名に恥じない芸風、風格が要求され、常に先代と比較される、ということになるのである。とてもおいそれと名乗れるものではない、と思えてこないだろうか。世に残っている「名前」の持つ力というのはそれだけ大きいということだ。

クラシックでピンとこない人は、例えば、、、他にイメージしやすい例として、スポーツの過去の名選手、とかはどうだろう?野球とかサッカーではどうなるだろうか?

一般の人間にとってはあまりピンとこないかもしれないが、これが歌舞伎や落語の世界の人にとっては、こういう意味を持っているのだと考えると、すごいことに思えてくる。

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