ベト7(ベートーベン交響曲7番)2

ベートーベンの他の交響曲には、「英雄」「運命」「田園」といった標題が付いているものがある。標題が付いていると、あまり聞きなれていない人でも、なるほど、そういうイメージがする、と曲が分かったような気になれるのだが、この7番はそういう標題が付いていないので、最初は取っ付きにくさがある。

故・山本直純氏が、ベートーベンがもう少し標題付きの交響曲を多く作ってくれていればオーケストラもレパートリーが楽になるのだが、と著書「オーケストラがやって来た」の中で書いていた。標題付きの曲の方が人気があり、観客動員数が断然違うというのである。動員力が小さい曲というのは収益性を考えた場合、名曲でもプログラムにしにくいという訳である。これは随分昔の本で、昨年は「のだめ」で7番が注目を浴びるなどし、にわかにクラシックブームが起こったし、今はそうでもないかもしれない。

私が好きなのは、カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィル(1975~76年・ウィーン・ムジークフェライン)のものである。

これは多くの人が名盤に挙げる演奏でもある。奔放、饒舌、闊達といった言葉で表現されることが多い。何しろ聞いているうちにぐいぐいと引き込まれていき、最後は怒涛のような勢いで終わる。

たまたま初めてちゃんと聞いたのがこのウィーン・フィルのだったのだが、いたく気に入ってしまった。他のを聞きたいという気が起きなかったということからも分かる。

私が買った時は7番だけのやつだった。こんな写真のやつ(写真のみ)。演奏は同じものだと思う。

Bet7001  

 

 

 

クライバーは、1983年のコンセルトヘボウ管とのライブ映像も鮮烈である。終始ニコニコしたような楽しそうな表情(まるで上機嫌に酔っ払っているようにさえ見える)、踊るような指揮、手をグルグル回すだけのようになったり、指揮をやめてしまい肩を体操のように動かすだけになったり、そして怒涛のような演奏。

 ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 作品92

 (これは4番とのカップリングDVD)

フルトベングラー指揮ベルリン・フィル(1953年ライブ)を奥さんが持っていたのだが、これもまた素晴らしい。最初の方はちょっと重たい感じだが、4楽章最後の方に行くにつれ、いつの間にかオケが火の玉のようになって終わりに突入していくようなイメージがある。

97~98年頃だったか、大宮ソニック・シティに来たN響のを聞いたことがある(指揮はウルフ・シルマー)。ホルンの1番は松崎さん。4楽章最後のハイトーンで目立つところなども、バッチリ決めている。管楽器でたまにやることで、他のパートよりちょっとだけ早く音を出して(要するにフライング)目立たせることがある。自分も管楽器奏者なのでついそういう感覚が分かってしまうので、「やってる、やってる」と思い少しニヤっとした(笑)。

3楽章ではトランペットが高い音を伸ばすところがある。初めのうちはよかったのだが、何回目かで、1番を吹いていた津○さんが、おっ外してしまった。少し前に座っていたおじさんが、それまで静かに聞いていたのだがこれを見て「けっっ」と吐き捨てるように言った。厳しい。

プロでもそういうことがあるんだ、まあ人間のやることだからしょうがないよね、などと思いながら、終演後、駅に向かって歩いていたら、楽器ケースを持った津○さんが大きなマスクをしてフラフラと歩いて来るのを発見した。花粉症かなんかだったのだろうか、それで不調だったのだろうか、などと色々想像してしまった。

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ベト7(ベートーベン交響曲7番)1

ベートーベンの交響曲第7番イ長調。

略して「ベト7(べとしち)」。関西圏では「ベト○」ではなく「べー○」とも言うらしい(つまり、「べー7」となる)。

※略語については
4/1 のだめ効果?クラシック略語流行る?ベト7
を参照下さい。

大学オケ時代、年2回の定期演奏会の選曲会議で毎回のように候補に出ては落ちる曲の一つであった。

なぜこの名曲が落ちるのか。

選曲のプロセスはこうだ。まず全員から希望する曲を募り一次候補とする。これを各パートの首席奏者(パートリーダー)らからなるリーダー会議で延々と議論をして決めていた。各パートリーダーは、曲の難易度や楽器編成などを考慮し、パート員の意見も聞いて、推す曲、落としたい曲をパートの意見として出していき、これを繰り返して候補を絞っていく。

アマオケには当然ながら色々な趣味や価値観の人がいる。単純に好きだから、という理由でモーツァルトやベートーベンなど一般的に人気のある曲もいつものように候補に出される。

ところがパートリーダーはそうはいかない。曲の難易度によって、自パートの技術レベルで演奏できるのか、とか、人数が多いパートの場合、ローテーションと言って、できるだけ皆が同等に出番があるよう考慮しなくてはならず、各自パート員の期待(圧力)を一身に背負い交渉に臨むのである。

とはいえ、あれもできない、これもできない、ではナメられて発言力が弱くなることもあるので言い方も考えなくてはならない。そして実は各リーダーの個人的な好みもあったりするが、あからさまにそうも言えないため、色々と理由付けを考えたりもする。

こうして実に虚々実々の駆け引きが繰り広げられ、曲が決まっていくのであった。やっている時は辛いだけで気が狂いそうだったが、後から思うと、これ、随分といい社会勉強になっていたのである(笑。サラリーマンになると分かると思います・・・)。

ベートーベン、モーツァルトなどの古典系は弦楽器を中心に人気は高いが、選曲においては敬遠されがちである。理由は、金管・打楽器の出番が少ないということもあるが、「難しい」からである。古典系の難しさというのは、「ごまかし」が利かないところにある。

近現代の曲などでは、早いパッセージや高い音など多少技術的に難しくても、とにかく練習して譜面通りにできればそれなりに曲になってしまう(ように聞こえる)ものも多いが、古典はそうはいかない。無駄な音がなく、ちょっとのアラでも目立ってしまう。相当練習しても「名演」まで持っていくのは難しい。ただ好きな曲ができればいい、と開き直りでもしない限り、古典をやるのは相当の勇気がいる。ただ、音楽の作り方などで非常に勉強になる部分が多いので、そういう理由であえて取り上げることもあった。

そしてもう一つの理由。

大体、金管セクションは自信満々系の人間が多く、難しくても自分のパートがバリバリ吹いて目立つ曲を強硬に推してくることが多い(マーラー、ブルックナー、ワーグナーとか)。ベト7というと、別名「ホルン協奏曲」と言うくらい、ホルンが目立ち活躍する(特に1楽章と4楽章)。

ところが、この曲だけはホルンが嫌がるのである。この二つの楽章は結構高い音が出る。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」などのように同じくらいの音が出てくるものもあるが、音形によって出しやすさが違うのだと思われ、ベト7はいきなり「パーン」と出さなくてはならないので難しいのだと思う。

嫌がると言っても、はっきりとそうは言わないところがいやらしい(笑)。

曰く、この曲は「(演奏を)保証できない」と。(正直に難しい、とかできない、とか言えばいいのに、ねえ)。

もう1曲、ホルンが絶対に嫌がったのは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(通称、ティル)。これは恐らく冒頭のウルトラE難度宙返りのようなソロに理由があるのだと思う。

演奏会プログラムは、基本的には3曲プロで、前プロ・中プロ・メインと呼ぶ構成を取ることが多い(曲の長さや難易度的に見ると通常は、前プロ<中プロ<メインとなる)。大体は核となるメイン・プログラムが決まって、その後、全体のバランスを考えて前・中が決まっていったように思う。

人手不足のパートなどは「全ノリ(乗り)」と言って有無を言わさず全曲出演となるが、人数の多いところは、前ノリ(前プロだけの出演)、とかメインだけ、などとなる。

なのでメインが古典系のように、金管がトランペット2・ホルン2だけ、とか打楽器はティンパニだけ、とかの編成の曲になってしまうと、金管や打楽器が黙っていない。そうすると前プロや中プロが大抵、金管・打楽器がドンカチャンカやる派手な曲になる。邦人の作品で結構そういうのがあり、こういう時、よく候補に挙がった。「困った時の邦人頼み」という格言さえあったほどだ(笑)。でも邦人は弦楽器にとってはあまり「勉強にならない」そうで嫌がる人が多かった(吹奏楽に近い作品が多いのだろうか)。

次、私の好きなベト7の演奏について。
これは、長くなるので・・・【つづく】

   ベト7(ベートーベン交響曲7番)2

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ロストロポービッチ氏死去

ムスティスラフ・ロストロポービッチ氏(チェロ・指揮)が死去したそうです。享年80歳。ガンを患っていたとの報道もあります。

ロストロポービッチと言うと思い出すのは、、、
2001年5月。ウィーン。

身内がベルギーで結婚式を挙げることになって出席することになり、ついでに他の場所も旅行することになって、初日をウィーンにした。

この日、楽友協会(ムジークフェライン)では、ロストロポービッチ独奏で小澤征爾指揮ウィーン・フィルのマチネがあるのは知っていて、見たかったのですが日程が合わず、夕方の到着となっていました。何か聞ける演奏会はないか、と当日券を求めて楽友協会に行ってみました。勝手がよく分からずに裏口あたりをウロウロしていました。

すると、その時・・・

公演を終えたマエストロ小澤が裏口から出てきたのです。

Tシャツに着替えた姿でスタスタとこちらに歩いてきます。何か声をかけたかったのですが、付き人のような方と忙しそうに早足で来られたものですから、迷惑ではないかと気後れしてしまいました。

目の前に来た瞬間、マエストロと目が合う。喉まで声が出掛かりましたが、そのままこちらは金縛り状態です(笑)。マエストロはこっちが何か言いたげにしているのを察知して、一瞬立ち止まったように見えましたが、こちらが黙っていたのでそのまま近くのホテルへ消えて行かれました。

呆然としながら、写真だけでも一緒に撮らせてもらえばよかった、などと反省中、今度は白髪のおじいさんが出てきたかと思うと、、、

出てきたのは巨匠ロストロポービッチ。

キャスターが付いたチェロケースをごろごろと転がしながらこちらへ歩いてきます。矍鑠(かくしゃく)としていて、早足でした。目の前で目が合った瞬間、顔は笑顔を作ったものの、またもや喉まで声が出掛かって止まってしまいました。

この一件は良い思い出にはなりましたが、今となっては本当に悔やまれます(笑)。二人の巨匠と一緒の写真でも撮れていれば家宝ものでした。

結局この日はコンツェルトハウスの方で、エッシェンバッハ指揮のパリ管の公演があり、そちらを聞きました。チケット売り場で地元のおばちゃんらしき人に声をかけられ、「パリ管?チケット譲ってあげるわよ」と(多分)言われ、ほぼ定価ではありましたが譲ってもらいました。ダフ屋とかではなく、都合が悪くて行けなくなった人が個人的にチケットを譲りにくることがよくあるそうです。日本円にして2700円くらいだったと思います。

パリ管は凄かったです。確かベルリオーズの「夏の夜」(?)とかいうのと、「ローマの謝肉祭」と、メンデルスゾーンのイタリア(交響曲第4番)。時差の関係で、日本からずっと長い一日が続いてそのまま徹夜をしているような状態だったので朦朧としていましたが、一糸乱れぬ整然とした演奏と、もの凄くきれいな音。パリ管はレコードで聞くとちょっと音が軽い感じを印象として持っていましたが、そんなことはありませんでした。圧倒的な音圧。アンコールは、ハンガリー行進曲と「真夏の夜の夢」のスケルツォ。ハンガリー行進曲が一番凄く、怒涛のような演奏でした。(これで2700円は格安!)

★★★

ウィーンは95年に新婚旅行で初めて行きましたが、とても気に入ってしまったのです。音楽の都として世界的に知名度があるが、決して大きな街ではない。路面電車がいい感じで走っている。路面電車の運転士のおじさんは、駅に近づくと、チンチンとベルを鳴らし、駅名をボソボソっと言う。マイクを付けているがよく聞き取れない。ちゃんと言ってよ、と最初は思ったが、日本のバスの運転手さんとかも、決して皆がハキハキしている訳ではないなあ、と考えると、似たようなもんか、と妙に納得。夕方になるとみんな仕事を終え、アイスクリームやらサンドイッチやらを食べながらのんびりと散歩している。

古い建物と新しい先鋭的な建物が同居しているものの、中心部には13世紀に建てられたというシュテファン寺院がそびえ立つ。間近で見るその石造りの建物は、長い間、風雪にさらされて一面黒ずみ、時代の重みに圧倒される。こういうのは写真とかではなく、実際に見て初めて実感できるのだと分かりました。

その時はたまたまウィーン市の芸術なんとか週間とかで、夕方から市庁舎前の広場でなんとウィーン・フィルの第九の演奏をタダで聞けてしまいました(指揮はメータ)。遠くてよく見えませんでしたが、多分フルートの一番はシュルツだったと思います。

みんなホットドッグを食べ、ビールを飲みながら、草むらに座ったり寝っころがったりしながら聞いています。あのウィーン・フィルをです。
こういうのを本当の「贅沢な」聞き方と言うのではないでしょうか。

ウィーン・フィルは現地でもチケットの入手は困難と聞きますが、それでもこういのを見ると、日本で考えられているよりもずっと市民に近い存在であるのではないでしょうか。うらやましい限りです。

巨匠のご冥福を祈ります。

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どこのオーケストラ?

今日の午後1時頃、東京駅八重洲北口のあたりにいたら、外国人観光客のような団体がいた。

その中の何人かの人はバイオリン等の楽器ケースを持っている。どこかのオーケストラの人達だろうか。知っている奏者らしき人は見つけられなかったが、、、

東京駅は国内交通の要所なので色々な人を見る。

何年か前、プロ野球選手の集団を見かけたことがある。恥ずかしながらあまり野球選手に詳しくないので、最初は何の集団だかわからなかった。皆紺色っぽいスーツを着て、やたらと背が高く、がっしりとして日焼けした若い人達がぞろぞろと中央改札を出て歩いてくる姿は一種異様にさえ映った。最後の方に歩いて来た人だけ分かった。

「田尾監督だ!」(顔が大きかった・・・失礼)そうか、楽天か。電車で移動しているのか。。と思いました。

山口良一さんも見た。ちょっと伏目がちで歩いている姿は注意しないと気がつかない。

井崎修五郎さんもタクシー乗り場でずっと前に見たことがある。ただのオジサンという感じだった(失礼)。

それだけの話です。どういうわけか、男性の有名人ばかりです。女優さんとかアイドルとかに一度遭遇してみたいものです。実際に見ると本当にきれいらしいですから。

 

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吹奏楽の演奏とは

大体の吹奏楽系の演奏では、全体の演奏が重くなるのを嫌って、小節や拍の頭はパーンと強く吹くのですが、「歯切れよく!」とその後の音をほとんど抜いてしまう傾向があるように思います。その結果、一見歯切れのよい演奏になるけども、抜かれた音では十分な息が入らず楽器は鳴らなくなるし、リズムは詰まってしまい、拍ばかりが意識されてフレーズが持続しない、という結果を多くの場合もたらすように思います。

こういう演奏をずっとしていると、リズム主体の曲はまだいいですが、歌い込むようなメロディーや、粘りやうねりといった表情を表現するのは難しくなってきます。長いフレーズなどでは、最初の方の音から後ろに行くにつれ音がやせて、テンポもつまってしまうので、間がもたなくなって、「聞かせる」ことができなくなっている演奏をよく耳にします。

また金管はそこそこ音量も出ますが、木管の吹き込みが弱い傾向がどうしても気になってしまいます。大体、静かな部分のソロなどでは全体の音が薄くなって、小さく聞こえるように曲ができているのに、ソロも小さく吹いてしまっていることが多く、大きなホールでは蚊の鳴くような音になってしまいます。歌って聞かせるような部分ではかなり吹き込んでもちょうどよく聞こえるくらいなのに。

これは私自身、アマチュアですが実際に吹奏楽で奏者として、指揮者としてやった経験があり、ずっと考えてきたことです。

私も昔はこういう演奏が理想的なのだと信じて疑っていませんでした。しかし次第に、「音楽」として考えた時に、どうしても不十分と感じるようになってきたのです。

吹奏楽をずっとやっている人にとっては、こういう演奏が基準となってこれまでずっと聞いてきたと思われるため、あまり違和感がないのかもしれません。しかし、それは、そういう録音しかなかったからだと思います。

これだけ多くの吹奏楽人口がいるのに対して、参考となる音源があまりに少なすぎるのではないでしょうか。したがって比較の対象も少ない。

そして少し前までは、そういう音源はコンクールの課題曲・自由曲用・演奏会レパートリー用にと「教育的配慮」をした「模範演奏」という位置づけがされていた(今でもそうか?)。その「教育的配慮」とは、各楽器の音がまんべんなく聞こえ、何を吹いているかよくわかるようにと、マルチマイクでミキシングしまくりという形でなされていたりします。しかしそれは「生」の響きとは程遠いものだったりします。

ミキシングした音を手本としたって、同じ音が出せる訳がないのです。技術的には、リズム、音程などはきちんとしていますが、聞いていて「楽しい」とどうしても思えない演奏もありました。練習するにあたっては、そういう録音を、これが「正しい」演奏なのだと信じて手がかりとするしかなく、何度聞いても「楽しい」と思えないような演奏を手本にしても、どう演奏したらいいのかまるでイメージが湧かないことに随分悩んだこともあり、感性がめちゃめちゃになった気さえします。本当に優れた手本となる演奏は必ずしも多くないと思います。

そして多くの場合、中学や高校で初めて楽器を持ち、吹奏楽をやる人達がこういうのを何の疑問も持たずに「正しい音」「正しい演奏」と盲信することになってしまうのは大変危険なことだと思います。

また、大半の学校では吹奏楽の指導は1人かせいぜい数人の指導者(大部分は音楽の先生)が行っていると思います。先生によっては、声楽やピアノ専攻の場合もあり、逆に「音楽」を教えることはできても、初心者に最も大切な管打楽器の基本的な演奏技術をすべての楽器で満足に行うことは難しいと思います。管打楽器専攻の先生だとしても自分の専門以外の楽器では同様です。楽器の技術面で手本になるのは、大抵の場合、同じ楽器の身近な先輩しかいません。先輩とて楽器のすべてに通じているわけではありません。初めて間もない生徒達に、本当にいい演奏・いい音の手本を聞き分けて見つけるのを期待するのは酷です。そういう状況で、音程だ強弱だ、テンポが合わない、音が汚い、と言う指導をされて本当にその楽器の持つ音色や魅力を知ることなく、中途半端な演奏しか身に着かない、あるいはコンクールでいい成績を残すことだけに血道を上げることになりはしないかと、とても危惧しています。

顧問や指導者としての先生は大抵の学校の場合、1人ということになるのでしょう。各楽器については個人レッスンにつくのが本当は一番いいのでしょうが、すべての生徒がそのレッスン代を負担することを強制はできません。常勤ではなくても楽器(少なくともセクション単位)の専門のトレーナーのような形で指導するような形は取れないものかと思います。毎年音大を卒業する人は山のようにいると思うので、そういう方を地域の学校で講師・トレーナーとして招くことはそう難しいことではないと思うのです。そして初期にこそ重要な楽器の基本的な演奏技術を教えるとともに、やれ音程だリズムだということよりも、まず楽器を、そして音楽を「楽しむ」ことを十分に教えていって欲しいと思うのです。そういうことをすでにしているところもあるとは思うのですが、それほど多くないのではないでしょうか。

管弦楽(オケ)に比べて、吹奏楽を低く見る人がいる、と敵対意識のようなものを持つ吹奏楽ファンもいるようですが、私はそうは思いません。どちらかだけが正しくて、どちらかは価値がない、ということでもないと思います(どちらから見てもです)。吹奏楽の曲にも素晴らしい曲が沢山あり、どちらも好きです。でも演奏には満足するものになかなか出会えません。

吹奏楽の演奏スタイルとはこういうもの、あるいは、これは私個人の単なる好みの問題なのかとも思いましたが、私以外にも、よい音源になかなか巡り会わない、と言われている人もいるようなので、必ずしもそうではないと思います。

これは違う、これが理想的な演奏でしょう、というのを実際に自分で演奏して証明できればいいのでしょうが、悲しいかな、そこまでの力量は持ち合わせていません。音楽の専門家の方々はこういう点についてどう思われているのだろうか。問題にもされていないところが問題なのだと思いますが、どうなのでしょうか。真剣に考えていただきたいと思います。

また、誤解の無いように補足しておくと、前回からシエナ・ウィンド・オーケストラについて否定的とも思えるような事を言っていますが、ちょっと違います。

佐渡/シエナを初めて知ったのは、たまたま「ブラスの祭典」のCDを見つけたこと。しばらく吹奏楽から遠ざかっていたのですが、キャンディードとかアルメニアンが入っているというので、思わず買ってみたのでした。このCDには少し期待を持ちました。

ブラスの祭典
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. 「キャンディード」序曲 
2. アルメニアン・ダンス パート1 
3. 朝鮮民謡の主題による変奏曲 
4. バレエ「ガイーヌ」 ~剣の舞 
5. バレエ「ガイーヌ」 ~子守歌 
6. バレエ「ガイーヌ」 ~バラの乙女たちの踊り 
7. バレエ「ガイーヌ」 ~レズギンカ 
8. 「ウエスト・サイド・ストーリー」 ~シンフォニック・ダンス 
9. 主よ人の望みの喜びよ 
10. 星条旗よ永遠なれ 

初めて聞いた時の印象は、それ以前の吹奏楽では聞いたことのないような音で、クリアな音、ダイナミックな演奏、ライブでの迫力など、十分なインパクトのあるものでした。その時点ではかなりの満足度を感じたのは事実です。しかし、、、聞いているうちに、やはりだんだんと上のような特徴が気になりだしたのです。ベタボメのCD評には「吹奏楽の域を超えた」とされるものもありますが、私には依然「吹奏楽の中での最高レベル」に止まっているように思えて仕方がないのです。

それでもFMでホルストの第一組曲他をやったのを聞き、それが「ブラスの祭典3」のものとわかり、期待を込めてまた買いました。ホルストはまあよかったのですが、期待していた「シンフォニア・ノビリッシマ」は、またもや・・・。演奏は上手いのです。上手いのだけども何かが違う。序奏はまあいいとしても、アレグロが早すぎる(楽譜の指定は四分音符=140だ)。リズムが前のめりに詰まり、せせこましくなってしまっている感が否めない。中間部はそれと対比して佐渡氏が存分に歌い込もうとしてものすごく粘りのあるゆったりとしたテンポにしているのがよく分かるが、演奏側がその粘りについて行けずに小節・フレーズの終わりの方になると間が持たなくなっている感じがしてしようがない。

日本の吹奏楽において、「シエナ以前」と「シエナ以後」は確かにあったと思います。それまでは録音も限られたバンドのものしかありませんでした。シエナの演奏会は、そのエンターテインメント性の高さからも大人気となり、今や「日本を代表する」吹奏楽団とまで言われるようになり、多くのファンがいることと思います。少なくともそれまでの録音よりは、中高生を初めとするアマチュア奏者にとっては良い演奏と思います。

しかし、だからこそ、もっと徹底してやってほしい、ということなのです。

実際、シエナ自身も「それまで」とは違うものを、という思いできっと結成されたバンドであったのだと思うのです。これまでの少し古めの吹奏楽の「いわゆる名曲」を頻繁に取り上げる選曲からも、そういう想いが伺えると思います。「それまで」と違う演奏は既にできているとは思いますが、そうであるならばこそ、従来の吹奏楽特有とも思える演奏スタイルを払拭するくらいにやってほしい、という期待なのです。彼らはそれくらいのポテンシャルを十分に持っているはずであると思うのです。

ブラスの祭典(3)
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. 20世紀FOXファンファーレ(ニューマン) 
2. 高度な技術への指標(河辺公一) 
3. シンフォニア・ノビリッシマ(ジェイガー) 
4. 吹奏楽のための第1組曲変ホ長調op.28-1(ホルスト) 
5. 風紋(保科洋) 
6. フェスティヴァル・ヴァリエーションズ(スミス) 
7. 詩のない歌(ルディン) 
8. ディスコ・キッド(東海林修)
※〈CD/SA-CDハイブリッド仕様〉 

ブラスの祭典には(2)もある。聞いてみたい気もするが、買うまで決断が着かない。。。

ブラスの祭典(2)
  佐渡裕指揮 シエナ・ウインド・オーケストラ

1. オリンピック・ファンファーレ&テーマ
 (J.ウィリアムズ/小長谷宗一編) 
2. 2つの交響的断章(ネリベル) 
3. プレリュード,フーガとリフス
 ~ソロ・クラリネットとジャズ・アンサンブルのための(バーンスタイン) 
4. 歌劇「ローエングリン」~エルザの大聖堂への行列
  (ワーグナー/カイエ編) 
5. 交響詩「ローマの祭り」(レスピーギ/森田一浩編) 
6. ロンドンデリーの歌~アイルランド,デリー州の調べ(グレインジャー)
※〈CDエクストラ〉内容:星条旗よ永遠なれ(スーザ)(ライヴ) 

 

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N響の吹奏楽(アルメニアン・ダンス)

この「N響吹奏楽」はもう昨年の話で、当時既に沢山の方が話題にされているとは思いますが、書かずにはいられないので書きます。(昨年ブログをまだ持ってなかったので)。2006年8月6日「N響ほっとコンサート」において、N響初の吹奏楽演奏が行われた時の話です。

この中から、リードの「アルメニアン・ダンス パート1」1曲だけがN響アワーで紹介され、何で1曲だけなんだ、もっとやったはず、と思っていたら、後にBS2でコンサート全部をやりました。

・・・・と思ったら、

 今度の日曜のN響アワーでこの時のアルメニアンをやるらしいじゃないですか。なんてタイムリー!

 4月15日(日)21:00-22:00 吹奏楽のススメ

 昨年見損ねた人は必見ですよ!

この時の演奏については、絶賛の声が多く聞こえたと思っていますが、否定的な意見もあり、賛否両論になっているようです。私としては「絶賛」でした。あのクリーブランド管以来の名演と言えると思います。

(この前回の話も参照下さい)

  クリーブランド管 ホルストの演奏について (4/5)

N響と言っても管の正団員はそんなにいないので、トラ(エキストラ)が大分入っていましたが、東響など他のオケで見かけたことのある方が中心のようでしたし、ユーフォニウムはどこかで見たと思ったら、外囿祥一郎氏が出ていて、布陣にぬかりなし、といったところ。サックスでは須川展也氏も出演しています。

「アルメニアン・ダンス パート1」

最初の1小節を聞いただけで「おっ、これは凄いかも」。
2拍目の低音の入り等、音の立ち上がりからして違う。ダイナミックレンジの広さなども、ここ最近聞いたことのない音。チューバがよく鳴っている。2小節目からのトランペット・ホルンも最後まできちんと息が吹き込まれていて音がやせない。

「あんずの木」。フルートを中野さんと細川さんが吹いている。。凄いことだ。(2列目の男性は確か東響の人?女性も見たことがある)音が最後まで持続している。

フルートの後のコール・アングレーの池田(昭子)さん。ここは他の楽器も同じ旋律を吹いていたかもしれないが、ほとんどソロ状態。やはり朗々と歌いこんでいる。ウラ拍においても息をきちんと吹き込んでいて、音がやせずに長いフレーズが持続されている。ここの部分はこれまでに聞いたことがないくらい音楽的な演奏である。その後の茂木さんのオーボエソロも同様。

「あんずの木」最後の方、ホルンの例の「ラソシソ ラソシソ~」は松崎さん。微動だにせずに吹いています。安定度抜群で安心して見ていられます。吹奏楽系ではこんなのは聞いたことがない。大体(特にアマチュア)はここの部分は危なっかしくて聞いている方がハラハラしてしまう部分である。オケのホルンは常日頃露出度が高いのでさすがに鍛えられているという感じです(このくらいのは屁でもないんだろうな、という感じ)。ホルンはこの後の「ナザン」や「ゆけ、ゆけ」のいくつかの見せ場でも、眉一つ動かさず、同様のパフォーマンスをしています。吹奏楽系とオケ、アマチュアとプロ、などの比較において、音が「ビャーッ」と広がらずにまとまるといった点で、一番歴然とした違いを感じるのがホルンだと思います。

「ナザン」の打楽器を中心とするダイナミックな音はさすがで、「アラギャス」も、音が最後までやせずに長いフレーズがきちんと表現されていてました。

「ゆけ、ゆけ」。クラリネットが難しいパッセージで活躍します。コンマスの横川さんはその重責からか張り切っているので例外ですが、他の方は皆余裕顔で吹いています。「ナザン」のスケール調のところでもそうでした。音もフレーズの最後まできちんとよく出ています。こういう人達を本当の名手と言うのでしょう。2列目の磯部さんの横の女性お2人(不勉強で名前を存じませんが)も涼しい顔をして吹いていました。

この部分の金管の「合いの手」的なところや、最後の方のクライマックスのトランペットや低音群も、音を抜かないできちんと音価一杯に音を伸ばしています。津堅さん始めとするトランペット軍団7人の音は凄かった。(津堅さんが吹いていたのはC管の楽器みたいです。この方は大体いつもそう。C管が好きなのでしょうか)。全体的に重厚な感じですが、リード指揮の佼成の演奏も、かなり粘りのあるゆったりとしたものだったし、これくらいがこの曲の理想的な演奏なのだと思います。吹奏楽をずっとやっている人の感覚だと重すぎて好きでないという人もいるのかも知れません。

しかし、吹奏楽におけるファゴットというのは、本当に目立たなくて気の毒だ・・・

後でBSで見た、スーザ「海を越える握手」(これが演奏会の本当の最初の曲)は最初の1フレーズから、やはり凄いことになっていましたユーフォとチューバのユニゾンの音が良く響いています。ところどころ「ため」を作る山下一史氏の指揮には否定的な声もあるようですが、コンサートでの演奏なので、メトロノームテンポよりずっとよいと思います。中間部の付点のリズムもつんのめることなく、品のある演奏にちゃんとなっていました。

第1部・吹奏楽のアンコール曲、スーザ「星条旗よ永遠なれ」も抜群の安定度とダイナミックさを併せ持つ演奏でした。最後のトランペットとトロンボーンの吠えまくり大音量はちょっと羽目を外していたとは言え、ポテンシャルの高さがうかがえる音でした。

ちなみに第3部はフルオケでレスピーギの交響詩「ローマの松」をやりましたが、金管吹きまくり(特にカタコンブのトロンボーンなど、オケではこのくらいは普通ですが)、クラリネット・フルート等のソロも安定していてました。

おそらくこの時の吹奏楽演奏は、せいぜい1日か2日の合わせ練習くらいだったと思います。それでこれだけの演奏ができるのですから凄いことなのです。やるからには例え短い練習でももっと高い完成度の演奏をすべきとの意見もあるようですが、細かいアラはあるにせよ、こういう音が出せる、という可能性を世に示したのは非常に意義深いことだと感じました。ぜひ生で聞きたかった演奏です。

同じ頃、「BSクラシック倶楽部」で「佐渡裕&シエナ・ウィンド・オーケストラ 富士山河口湖音楽祭2004」のコンサートの模様をやっていて、奇しくも同じ曲「アルメニアン・ダンス パート1」と「ローマの松」が演奏されていました。この2者を聞き比べると非常に面白いです。フレーズ感やソロの充実度などに大分違いが見られます。

佐渡さんはずっと色々なオケを振って来た人ですが、シエナと組むにあたっては、吹奏楽だからこう、オーケストラだからこう、という境界は考えずに、むしろそういうものを超越した「音楽」をやる、と考えているのだと思います。あとはシエナがどこまで近づけるかだと思います。

吹奏楽オリジナル曲はまだいいとしても、レスピーギなんかはもう少しやりようがあるのではないかと感じてしまいました。吹奏楽でオケ物をやる時は、何を目指してやっているのだろうか。その曲の持つ雰囲気、精神性などにいかに迫れるかということなのだろうか。そうすると自ずと原曲(オケ版)の演奏に本来は近づくのだと思うが。。。

今年もぜひN響吹奏楽をやってくれることを期待したいです。やるなら同じリードの「アルメニアン・ダンス パート2」でもやって欲しいものです。ホルストの第一組曲、第二組曲、ジェイガー「シンフォニア・ノビッリシマ」などもいい。ノビリッシマの冒頭部分の金管はカラヤン・ベルリンフィルの「フィンランディア」のような張りと粘りのある音でやるのがいいと思うのですが。また一石を投じて欲しい・・・何に??(笑)

 

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手作り仏像

私ではありませんが、父親(69歳)作の手作り仏像です。

最近完成した新作です。

これは阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)。

全体の高さは約30cmくらい。

ちょっと写真が上手く撮れませんでした。。。

20070407amida03  

 

 

  20070407amida02

 

 

 

 

 

数年前から趣味で始めたものです。カルチャースクールで入門講座があり、しばらく通って基本的な事を習ってきました。

習うと言っても、立体なので設計図などは無く、木の塊に輪郭を簡単に描くくらいで、あとはお手本となる仏像の写真や絵などを見て彫っていきます。

しかも彫刻刀のような刃物ですべて彫り、顔とかのつるっと仕上げる部分でもヤスリとかカンナとかは一切使わないものだそうなのが驚きです。光背の最初のくり抜きに糸鋸を使うくらいみたいです。

最初は練習で頭だけ、というように部分的に作っていきます。そういうのも含めると結構な数になります。

20070407amida01

 

 

 

 

 

本体と光背と台座は別々ですが、それぞれは一つの木材から彫ります。

気の遠くなるような、根気のいる作業です。ちょっとでも手元が狂って「あぁっ」なんてなったらおしまいです。

私もちょっと興味があるのですが、ずぼらな自分にはとてもできなさそう。頭が下がります。(父・A型、私・A●型)

昔から信心深く、四国に住んでいた時も、八十八ヶ所霊場巡りに一緒に連れて行かれたものです。家族の中で唯一全ヶ所制覇したのは父親だけです。

 

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クリーブランド管 ホルストの演奏について

この話題に関しもう少し。

(CD情報については先述の カラヤンじゃなかった? を参照)

フェネル指揮のクリーブランド管(クリーブランド管弦楽団管楽セクション)1978年録音の、ホルスト「吹奏楽のための第1組曲」他の録音は、この曲の決定版だ、と言う人も多いようです。かく言う私も初めて聞いた時の衝撃はずっと続いていて、自分にとってもこれがナンバー1です。

この曲のいいところは、主題(最初のシャコンヌのメロディー)が一貫して3つの楽章に入っていて曲全体が捉えやすいところにあると思います。よく曲を捉えることができればそれなりの演奏になると思います。同じ組曲の第2番と比べて、1番は「基本編」、2番は「応用編」だと言うこともできると思います。1番をきちんとできるようになるとかなり力がつくと思います。2番はやったことがありませんが、1番に比べると曲想も増えて少し難しいと思います。

この曲の演奏は、フェネル指揮のイーストマン・ウィンド・アンサンブルとクリーブランド管のをずっと聞いてきました。面白いのは両者の演奏を比較すると、同じ指揮者でも大分違いがあるということです。

イーストマンのは音楽学校の学生の演奏だけあって、若さとパワー溢れる、という印象で、よく聞くと実は結構雑な感じもあります(よく言うと「荒削りなパワー」というヤツ?)。

これに対してクリーブランドの演奏は、よく聞くと一種冷静で覚めたような部分も感じます。これは、一流オーケストラのベテラン奏者達による演奏ですから、技術的にも申し分なく、きちんとまとまってもの凄い演奏になっています。しかしそこにはある種の余裕というものが存在しているからだと思います。

例えるならば、前者は軽とか1000ccくらいの車でフルアクセルで飛ばしている感じ、後者は同じスピードでも3000ccくらいのセダンとかでさーっと余裕で巡航している感じとでも言いましょうか。安定度が違う。キャパシティの大きさが違うということです。

そしてなぜクリーブランドの演奏が凄いか、もう一つ感じていることがあります。

それはオケ吹き(オーケストラ奏者)による演奏、ということにあります。

続きを読む "クリーブランド管 ホルストの演奏について"

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襲名ということ もしクラシックなら・・・

歌舞伎俳優・中村信二郎(47)が叔父の名前を襲名し、2代目中村錦之助になる、というニュースを見た。歌舞伎・狂言などだけでなく、落語の世界でも、林家こぶ平が正蔵を襲名し、きくおが父の「木久蔵」を襲名する予定になっている。

主にこれらの芸道の世界で聞く「襲名」ということ。昔は、ただ名前を継ぐくらいにしか思っていなかったため、何でそれが大きなニュースのなるのかよく分かっていなかった。

襲名には本来どのような意味があるのだろうか。

襲名とは、役者が先祖や父兄・師匠その他先人の名跡を継ぎ、その芸風・信用・地位を引き継ぐことを意味する。そして一段または数段階の格上の名跡を継ぐことが一般的であるようだ。(参考 平凡社『歌舞伎事典』)

名前だけでなく、芸風を継ぐということがポイントのようである。要するにその先人の名に見合うだけの芸風、風格を備えていることが本来必要となってくる、ということであろう。これは単に名前や家を継ぐ「世襲」とは異なり、昔はそれに値するだけの器がなければ血筋であっても襲名できなかったらしい。

そして格上の名跡を継ぐということは、特に歌舞伎の世界では一般的で、興行側の思惑もあるようだが、それによって役者を一回り成長させる意味合いも持つようだ。初めのうちは本人もプレッシャーを感じ、周囲の期待も大きく「名前負け」することも多いという。しかしそのプレッシャーを乗り越えた時、役者は大きく成長し見違えるような演技を見せるようになるという。

なるほど、と頭では理解はしたが、実際今ひとつピンと来ていなかった。

少し前に妙なことを考え付いた。これを他の世界の、自分に身近なジャンルに置き換えてみたらどうか。

これを例えばクラシック音楽の世界に当てはめるとどうなるか(実際はないと思うが)。

カラヤンの後のベルリン・フィルの音楽監督の後任、バーンスタインの愛弟子という肩書き、また名を残した音楽家の2世音楽家など、、、これらは大きなプレッシャーのかかることであろう。

しかし、、、 もしもシリーズ(笑)

「カラヤン」を襲名する・・・
「バーンスタイン」を襲名する・・・
  ・・・こうなると話は全然違ってくる。

「私は来年カラヤンを襲名し、名乗ります」
「私は2代目バーンスタインです」
  ・・・ということになるのである。

これ、ものすごく大変なことではないだろうか。

カラヤンやバーンスタインなど、その名に恥じない芸風、風格が要求され、常に先代と比較される、ということになるのである。とてもおいそれと名乗れるものではない、と思えてこないだろうか。世に残っている「名前」の持つ力というのはそれだけ大きいということだ。

クラシックでピンとこない人は、例えば、、、他にイメージしやすい例として、スポーツの過去の名選手、とかはどうだろう?野球とかサッカーではどうなるだろうか?

一般の人間にとってはあまりピンとこないかもしれないが、これが歌舞伎や落語の世界の人にとっては、こういう意味を持っているのだと考えると、すごいことに思えてくる。

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のだめ効果?クラシック流行?オケ語

続編です。

ドラマ「のだめカンタービレ」でも「Sオケ」などと言っていた。「オケ」は「オーケストラ」の略で立派に業界用語っぽい。

もう随分前になるが、都内の某大学のオーケストラに入ってから、色々な隠語というのか業界語というのを覚えた。部内ではこういうのを「オケ語」と言っていた。初めて聞いた時は「ん?」と思ったが、いつの間にか染まっている自分がいた。略語の類も入っているが、面白いのでいくつか紹介しようと思う。

まず、音階に因むもので、これはクラシック系に限らず音楽業界全般でどうやら使われているらしいが、音名を数字に当てる数え方である。

基本:ドレミファソラシはドイツ音名で、C(ツェー)、D(デー)、E(エー)、F(エフ)、G(ゲー)、A(アー)、H(ハー)だ。

入団すると、1年生はC年(ツェー年)と呼ばれる。以下、2年生はD年(デー年)、3年生はE年(エー年)、4年生はF年(エフ年)という訳だ。ちなみに、留年すると5年生になるのでG年(ゲー年)、ということになるのだが、これが動詞形となって、留年することを、G年る(ゲネる)、G年った(ゲネった)、名詞形だとG年り(ゲネり)などと言っていた。

また、お金の数え方でもこれを使う。飲食店などでお勘定を精算する時なんかに、
「じゃあ、1人CG(ツェー・ゲー)ね」・・・1-5なので1,500円のこと。 とか
「DG(デー・ゲー)ずつね」・・・2-5なので2,500円 とか
「D(デー)千」・・・2,000円、
「G(ゲー)千」・・・5,000円
「C万(ツェー万)」・・・1万円

などと使う。今思うと結構ヘンだ。本当にギョーカイの人みたいだ。

練習の時。

【Tutti(テュッティ)】:本来は音楽用語の「全奏」とか「斉奏」。全体合奏、合奏練習のこと。

【さらう】:練習すること。おさらいのこと。指揮者の先生の「100回さらいなさい」が出るとかなりヤバイ。

【どソロ】:無伴奏、あるいはそれに近い状態でのむき出しのソロ(独奏)のこと。「ど」は強調の接頭辞。奏者の緊張は尋常ではない。有名なのは、ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」冒頭のフルート・ソロ、ラベル「ボレロ」など。

【落ちる】:自分の吹く(弾く)べき場所の演奏が続けられなくなる、あるいは長い休符の後、途中から入れなくなること。練習が足りないと「落ちまくる」ことになる。

【コンマス】:コンサート・マスターのこと。普通、1stバイオリンのトップ(首席)でオケのリーダー。

【インペク】:インスペクターのこと。練習計画や進行の責任者。

【ストバイ】:ファースト・バイオリンのこと。「セコバイ」はセカ(コ)ンド・バイオリン。

【プルト】:弦楽器の編成単位(2人一組のペアで、一緒の譜面を見る)のこと。1プル、2プルなどという。

【アシ】:アシスタントの略。管楽器で、正規の奏者の補助的役割の奏者のこと。例えば、1番奏者のアシスタントは1アシ(2番奏者とは別モノ)。音量の補強が必要な部分を一緒に吹くとか、場合によっては交代して吹くなどする。

まだあったような気がするが、ぱっと思い出せない。。。改まって解説しようとすると、上手く表現できているか自信がない。

これ以外にローカルなものがあるのだが、これは当事者でないと聞いても面白くないので、紹介できないのが残念である。ここに挙げたのは大方、一般的に共通しているものと思う。

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のだめ効果?クラシック略語流行る?ベト7

ドラマ「のだめカンタービレ」以降、クラシックが流行しているようだ。
番組オープニングテーマ等に使われた、ベートーベンの交響曲第7番は、クラシックとしては異例の売上げとなっている。同じベートーベンでも「運命」や「田園」などの分かりやすい副題が付いたものに比べて、これまで一般の知名度は今一つだったと思うが、こういう世界を取り上げ、世に広く知らしめたという点で、このドラマ及び原作漫画の意義は大きい。

クラシック人気は、昨年のモーツァルト・イヤーに次ぐ「のだめ」効果で追い風ムードで、これが一過性のもので終わるかはまだ分からないが、ファンが増えることは決して悪いことではない。演奏会場で、不慣れな新しいファンと旧来のファンの間でトラブルが起こったりもしているようだが、上手く広まっていくとよいと思う。

あまり急激に注目されるのも従来のファンからすると少し複雑な気持ちもする。かつてJリーグ発足時に日本国内にサッカーブームが巻き起こった時、それ以前からのサッカーファンだった人達はこんな気持ちになったのだろうか(笑)。「エースを狙え!」でテニス、「キャプテン翼」でサッカー人口が増えたように、4月からオーケストラ入部希望者がいきなり増えたりするのだろうか・・・。

ベートーベン 交響曲第7番、通称「ベト7」(べとしち)。

この、曲名を省略する呼び方は、プロや音大生だけでなく、アマチュア演奏家や鑑賞ファンの間でもよく使われている、いわばクラシック音楽界の「業界用語」みたいなものと言えるだろう。この略語も流行りだしているらしい。

正月に「あけおめ」「ことよろ」等と言っているのを聞くと嘆かわしい!とか思ったりもするが、よく考えてみると、こんなところでも昔から省略しまくりではないか。結局日本人って何でも省略したがるのね、気が短いから?

曲名に関するもので思いつくものを挙げてみる。多少のローカル差はあるかもしれないが、大体一般的なものだと思う。大学のアマオケ(アマチュア・オーケストラです)時代から聞いているものだからウソではありません。ウソだと思ったら、検索をかけてみて下さい。結構使っているのが出てくると思います。

まず、単純なのから、交響曲だと、

ブラームス ・・・・・・・ 1~4番:「ブラ1」「ブラ2」「ブラ3」「ブラ4」

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高見映(のっぽさん) NHKにんげんドキュメントを見る

高見映(のっぽさん)登場の、NHKにんげんドキュメントを見た

(3/30 22:00~22:45)。

番組ではのっぽさんの日常に密着。昨年の「グラスホッパー物語」の大ヒットで、「できるかな」を知らない世代にも人気を得たのっぽさん。訪れた幼稚園では、すんなり子供達に受け入れられる。子供達にも丁寧語で話すのっぽさん。この歌はしかし、子供のみならず大人からも「元気をもらった」「勇気を与えられた」という反響が多数寄せられているという。

その「グラスホッパー物語」の続編「ハーイ! グラスホッパー」を作ることが決まったといい、その制作風景も写される。のっぽさんは作詞・脚本・演出を担当。聞けばもうずっと前から作詞家としての顔も持ち、これまでに100以上もの子供向けの歌を作ってきたという。

作詞風景が映し出される。メロディーが先にできている曲に後から詞を付ける進め方だ。基本的に1音(音符1個)に言葉は1文字、そしてメロディーの上下と日本語の高低に合った詞を選んで乗せていく。

これは歌の作り方のごく基本のやり方だ。山田耕筰とかの古い歌曲の時代から皆こういうことを考慮されて作られているので、メロディーと詞が調和し、詞が日本の言葉として自然に聞こえるのである。

最近の歌はそういうことを無視しているとしか思えないものも多く、歌い方も、フレーズの切れ目でもないところでブレス(息継ぎ)をしたりする。そこから来る奇抜な効果を意図的に狙っているものもあるのかも知れないが、どうも不自然に聞こえてしまう。

のっぽさんはそういう基本に忠実に則ってやっているので、親しみやすい歌となり、彼の個性と合わせて多くの人に受け入れられることになったのだろう。

気持ちのいい朝、おじいさんバッタののっぽさんは孫バッタ達とあいさつをする。あいさつをすることはとても大切、それは何故か、「私はあなたとお仲間ですよう、よろしくね」という意味を持つからだ、といい、怖かった大きなカマキリとも最後には仲良くなることができた、という内容だ。

表面的にはそんな一見シンプルな内容だが、のっぽさんは優しさとは何か、を伝えたい、をテーマに考え続けて今回の制作にあたったといい、子供に声を掛けても胡散臭がられる、人に声を掛けることができないようなそんな今の世の中はおかしい、と訴えていた。この歌に込める思いや夢を語るのっぽさんは72歳とは思えない、少年のような輝いた顔をしていた。

子供のないのっぽさん夫婦の仲の良さそうな場面も写っていた。できあがった歌の試写を一緒に見る奥さんのうれしそうな、楽しそうな顔が印象に残る。

試写の映像が少し写ったのを見た時に感じたのは、前回の「グラスホッパー物語」と曲も内容もまったく異なるものだが、前回と同じくのっぽさんの世界がきちんと描かれているということだ。これは単に衣装や設定が同じということからだけではなく、彼の稀有な個性が前面に出ているからだと思う。

そして、これは「できるかな」に次ぐライフワークとして、続けられるだけこのシリーズを続けて欲しい、という期待をちょっと持った。きっとまた評判になるだろうから、その実現可能性は決して低くないと思う。(そうなったらなったでNHKの「柳の下のドジョウ」狙い体質には毒されないようにして欲しいものだが・・・)

※この番組は多分再放送があると思うので見損ねた人は番組欄を要チェックです。

 ※再放送 4月11日(水)0:10-0:55

   総合(火曜深夜です) 4/4現在

 (イマイチ法則性が分かるようで分かりませんが、大体1週間後の深夜あたりに総合かBS2でやると思います。もしくは最近始まった「あなたのアンコール」でやるかも?)

いつまでも元気でいて欲しい人だ。

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秋川雅史登場!NHK家族で選ぶにっぽんの歌

昨日(3/24)夜7時30分からの、NHK「家族で選ぶにっぽんの歌」を見た。秋川雅史がまた出ていました。この番組の趣旨は、NHKが選んだ500家族のアンケートを元に心に残る歌の選曲をした、という。

出演者がすごい。(敬称略)橋幸夫、小金沢昇司、香田晋、TOKIO、秋川雅史、石川さゆり、由紀さおり、アグネス・チャン、南野陽子、矢口真里、後藤真希。

それで、伊東四朗(お父さん兼おじいちゃん)、柴田理恵(お母さん)、ベッキー(娘)の家族が司会という設定である。すごいメンツだ。確かに司会の言うように、この番組ならではの組み合わせだ。こういう番組でしか実現しないかも知れない。紅白のようだ。

すべての世代をターゲットにしようとして、司会の三人は、「私の思い出の歌は、、」なんて三人三様に話すので収拾がつかない。

(ここから先、順番は適当)アグネス・チャン(今年日本デビュー35周年だそうだ)は「ひなげしの花」を歌う。この歳であの歌を歌えるのはすごい。

小金沢昇司は故・村下孝蔵の「初恋」を歌った。この人はド演歌系ではないので、こういう歌謡曲っぽいのを歌うと結構よい。

香田晋は故・井沢八郎の「あゝ上野駅」を歌う。この人も上手いのだがもう一つ声が出てもよい気がする。この曲はこの間の歌謡コンサートで歌った細川たかしの方が合っていた。

南野陽子はすごいドレスで「吐息でネット」を歌う。歌は昔のままだ(何が?)。しかし歳が近いこともあり、最近妙に同世代で活躍している人に親近感を覚える。ここ最近、「売ろう!」という欲みたいなのをあまり感じさせず、自然体である意味で開き直っている感じが好感が持てる。

TOKIOの「宙船」はまあよい。矢口真里と後藤真希のモー娘メドレーもまあよい(アグネス・チャンと南野陽子が一緒に歌った・・・凄い)。

矢口真里と後藤真希は「渚のシンドバッド」や「プレイバック・パート2」も歌った(例のところは「真っ赤なポルシェ」だった)。TOKIOも「上を向いて歩こう」などをえらく楽しそうに歌っていた。国分太一が一番楽しそうにはしゃいでいた。

最近紅白でも、色々な人が混ざってやる企画が、タレントが嫌がったり、スケジュールが合わないとかで、あまり行われなくなってきていてつまらないが、モー娘系とジャニーズ系は、上手い下手は別としてこういうことをそれなりにやってくれる。ある意味プロだ。

橋幸夫とベッキーは「いつでも夢を」。父娘?おじいちゃんと孫?

石川さゆり、柴田理恵、矢口真里、後藤真希の4人で「ドレミの歌」を歌う。凄すぎる。本当にこんな番組でしか見られない取り合わせだ。

由紀さおりの「手紙」。あの独特の雰囲気は何だろう。あの物憂げな空気。安田祥子と童謡を歌う時とは明らかに違う。すごい個性だ。

そして秋川雅史の登場。あらためて「千の風になって」を聞く。この時はピアノ伴奏だった。最初の方は少し抑えている。「秋には~」のところからがよい。この歌が受け入れられている大きな理由の一つとして、ここの歌詞が、私はいつでもどこでも姿を変えてあなたのそばにいますよ、というメッセージになっていて、失った人が本当に自分に寄り添って来てくれるような感覚に包まれることだと思う。思わず涙が出そうになる。

秋川雅史「千の風になって」(2006/5/24) 

千の風になって

(モバイル→千の風になって

秋川雅史は「大きな古時計」も歌った。子供向けにでなくこういう人がきちんと歌ってくれるのはよいことだと思う。

しかしベッキーといい秋川雅史といい、本当に最近NHKによく出てくる。千の風なら、新垣勉だっていいじゃないか、とも思ってしまう。気に入ると(人気が出ると)、使えるものはとことん使い倒す、紅白なんかでも昔の民放ネタを出したり、とちょっと節操がないのでは?

そういえば、昨年(2006年)の正月だったか、やはりNHKの新春特番で、日本の歌特集をやっていて、そこで確か秋川雅史さんも出ていた気がする。その時はまだブレイクする前で、私も知らなかったが、次に売れそうと目を付けたか?と思ったのでした。

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フェネル・クリーブランド管

ちょっと待て。カラヤンが初めてと書いてしまったが、よく考えると、マーチからカラヤンに行く間にはもう少し色々聞いていたような気がする。カラヤン/ベルリン・フィルのインパクトがあまりに大きかったせいで記憶から抜け落ちていたのだろう。最初に「ハマッた」のがカラヤン、というのが正しかった(失礼)。

当初は吹奏楽系を多く聞いていた。初期のイーストマン管楽アンサンブルとか、フェネル/クリーブランド管による吹奏楽とか。佼成(東京佼成ウィンドオーケストラ)も聞いた。

部活でイギ民(V.ウィリアムスの「イギリス民謡組曲」)をやったので、とイーストマンのを買い、そこに入っていたホルストの一組・二組(吹奏楽のための第一組曲・第二組曲)等を知った。当時イギ民は周りの学校でなぜか流行っていた(ここらへんはお決まりのパターンですね)。

これらで持っているのはCD以前なので、全てLPレコードである。

イーストマンのは1950年代の録音で、モノラル(擬似ステレオとされてるのもある)だが、その演奏の迫力、壮大さは録音状態の悪さをまったくと言っていいほど感じさせない。音楽学校の吹奏楽アンサンブルだから、血気盛んな若い奏者達の元気がびんびんと伝わってくるような演奏である。第一組曲の1楽章シャコンヌは、ものすごくゆっくりなテンポだが、最後のヤマに向かう長大なクレッシェンドには目(耳)を見張るものがある。2・3楽章は異様にテンポが速いが、若さとパワーで押し切っている感じ。CD化はされているのだろうか。多分曲目からするとこれがそうらしいが、在庫切れだ・・・

ホルスト:吹奏楽のための組曲第1番
 フレデリック・フェネル指揮 イーストマン・ウインド・アンサンブル
  1. 吹奏楽のための組曲第1番変ホ長調(ホルスト) 
  2. 同第2番ヘ長調(同) 
  3. イギリス民謡組曲(ヴォーン・ウィリアムズ) 
  4. 行進曲風トッカータ(同) 
  5. ヒル・ソング第2番(グレンジャー) 

   1994/6/5発売とあるが、録音は1950年代だ。

クリーブランドのはこれだ。LPの時は3枚の別々の録音だったと思う。

  

これこれ、このジャケット。左のは3枚分から1枚に再構成されている。

(1~3と、4・8~10、5~7)それぞれ、他の曲ももっと色々入っていた。

 ホルスト:吹奏楽のための組曲第1番&第2番
  フレデリック・フェネル指揮 クリーヴランド管弦楽団管楽セクション
  1. 吹奏楽のための組曲第1番変ホ長調op.28-1(ホルスト) 
  2. 吹奏楽のための組曲第2番ヘ長調op.28-2(ホルスト) 
  3. 王宮の花火の音楽(ヘンデル) 
  4. 3つのファンファーレ~オリンピックのテーマ(アルノー) 
  5. バーナムとベイリーのお気に入り(キング) 
  6. ラデツキー行進曲(J.シュトラウス1世) 
  7. 星条旗よ永遠なれ(スーザ) 
  8. イギリス民謡組曲(ヴォーン・ウィリアムズ) 
  9. リンカンシャーの花束(グレインジャー) 
  10. シェーパーズ・ヘイ(グレインジャー) ※〈CD/SA-CDハイブリッド仕様〉 

  2005/3/23発売とあるが、録音は1978~1979頃のはず。

右のがこのジャケットのLPと同じ曲目のものだ(これも現在在庫切れ?)。これと、マーチとイギ民のを再編集した2枚は大人になってからCDを後からわざわざ買った。

 (曲目)1. 吹奏楽のための組曲第1番op.28-1(ホルスト) 
      2. 吹奏楽のための組曲第2番ヘ長調op.28-2(ホルスト) 
      3. 幻想曲ト長調BWV572~グラーヴマン(バッハ) 
      4. 王宮の花火の音楽(ヘンデル) 

この辺のは、当時黎明期にあったデジタル録音を使用し始めたテラーク社の名声を決定付けた名録音、と言われている。今ではデジタル録音が当たり前なので、今聞くと当時ほどの感動は薄れてしまっているが、アナログ録音を聞きなれた耳にとって、このホルストの録音はもの凄い衝撃だった。

演奏も凄いし、録音もよい。音がとてもクリアーで、個々の楽器の音もよく聞こえる上、全体の響きもよく捉えられている感じだ。そしてダイナミックレンジの広いこと。シャコンヌを最初の音量のままで聞いていたら最後にえらいことになった。

演奏のよさのせいもあると思うが、あと当時特に印象に残ったのはグレインジャーの2曲。木管低音のいわゆる特殊楽器群などの音色の特徴がよく分かり、ただの低い「ブー」という音ではない彩りの豊かさが感じられる。他の曲も書ききれないが、いずれ劣らず素晴らしい。解説にも書いてあったが、アメリカの主要オケの管楽器奏者はイーストマン出身者がすごく多く、大半が学生時代にフェネルの教えを受けたはずであり、この経緯があるからこそ、息のあった絶妙の演奏になっている、とある。

今学校等で現役で吹奏楽をやっている人達はやっぱりシエナなのだろうか。クリーブランドのをまだ聞いたことがない人はぜひ聞いてみて欲しいと思う。オケ吹きのやる吹奏楽というのは根本的に響きが違うと思う(詳細は別途)。

オケ物は、小澤征爾/ボストン響のをまず買った気がする。ベートーベンの「運命」・「エグモント」序曲が入ったのと、ビバルディの「四季」だ(共に1981年の録音)。なぜこれかというと、まだ有名な指揮者は小澤征爾くらいしか思いつかなかったのと、これも同じテラークだったためだ。これはなかなかよかった。四季は教会で録音されたそうで、ものすごくクリアーかつ艶やかな音で、まるでその場にいて聞いているような気がした。運命も演奏はオーソドックスだったと思うが、小澤征爾特有の集中力と、音質の良さが印象に残った。(当時はまだその程度の耳しかなかったのね。。)

  

これだ、これ。今手元にレコードプレーヤーがなく、運命のはテープに落としてなかったので聞けない。買いたい。。

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カラヤン初体験

最初に自分で意識的に買ったクラシックのレコードが、ブーレーズ/ニューヨーク・フィルの、「王宮の花火の音楽」と、バレンボイムの「ピーターと狼」であったことは前に述べた通りである。

不思議なもので同じ曲でも、最初に聞いて聞き込んだものがその人の「基準」となる。先の2つも、他のを聞いても「なんか違う」と感じ、どうもピンと来ない。これが人によってその「基準」が違うからややこしい。

この次の原体験はカラヤン、ということになってくる。中学校でも吹奏楽部に入り、ますます深入りしていく中、NHKのFMで知っていそうな曲があると夢中でエアチェックしていた。その頃は新聞で今のテレビ番組のようにFM放送の週間番組表があり、つぶさにチェックし、深夜とか早朝でも起きて必死に録音していた。

悔しいのは、アナウンサーの声を入れないで曲だけ録音したいのだが、録音ボタンに指を乗せて待機していて、

 「それでは○○○、お送りします・・・」

 「それっ」 「ガチャ」(録音開始。ピッではない)

 「・・・なお、この演奏はモノラル録音です・・・」とか

 「あーっっ!くそっ!!」

ということがよくあった(笑)。今なら自由に編集できるところだが、カセットしかなかった頃の話なので。

最初の頃は、吹奏楽部でよくやることもあり、短くて分かりやすいこともあって、行進曲系を色々と集めていた。変わったところでは、瀬戸口藤吉「軍艦行進曲」(軍艦マーチ)とか、レイモンド服部「コバルトの空」など、パチンコやとかスポーツニュースの音楽、というイメージの曲をきちんとした演奏の録音で入手して一人悦に入っていたものである。

その次あたりにたまたま録音したのが、「ウィリアム・テル」序曲や「軽騎兵」序曲などで、これはカラヤン指揮ベルリン・フィルのものであった。マーチは吹奏楽団の演奏ばかりで、オーケストラのはほぼ初めて。この整然と統率された、キレのある演奏はものすごいインパクトがあった。特に軽騎兵の冒頭などの金管の一糸乱れぬ直線的な音。突き刺すようなバストロンボーン。中学校の部活の下手っぴな音を聞きなれている耳には一種の衝撃であった。しばらくはこればかりを聞いていた。あと、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの、「威風堂々」第1番と「カルメン」前奏曲も同じ頃録音して聞いた。(当時の二大巨頭ですな。)

カラヤンのは多分この辺のがそれだと思う。

  

カラヤン/ベルリンの組み合わせは、これら1960年代終わりから1970年代にかけてが、一番かっこよく、キレがある演奏だったと思う。これは最近になってようやくCDで買った。カラヤンの凄いところは、こういう「名曲シリーズ」的な小品でも手を抜かないで、バリバリの演奏をするところだと思う。ベルリン・フィルももちろん、世界トップクラスのオケというプライドがあるから、手を抜くようなことは決してしない。最近毎年テレビでやるようになった、ワルトビューネ野外コンサートの最後にやる「ベルリンの風」という行進曲も、観客と和気あいあいとやってはいるが、その演奏はビシッと決まっている。(ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのラデツキーと同じ)

この後の演奏者の趣味の傾向は大体これで決まってしまった。「曲」については、初めにヘンデルとプロコフィエフを同時並行で聞いてしまったのだ。時代とか楽派とかにあまり先入観がなかったことはよかったかもしれないが、ヘンテコな趣味になっていったかもしれない。

同じクラシックファンの間でも、趣味がほとんど同じ、というのは稀であろう。「これいいよね」「え~、全然ダメじゃん、どこがいいのこんなの」といった具合である。

大体そういう人は、「曲」そのものだけでなく、「演奏」も聞く。そして自分の基準に照らし合わせたチェック・ポイントのようなものがある。CDを貸したり、一緒に聞かせたりすると、ずっと通して聞かずに、ダーッと早送りをして、要所要所でピッと止めて聞く。そして「あ、これダメ」とか「うん、これはなかなかいい」と判定が下る、という具合である。かなりマニアックだ。ブラ1(ブラームスの交響曲第一番)の4楽章の最後のクライマックスのとことかね。

でもこれは若い頃の聞き方。同じ曲・演奏でも、年を経て聞くとその時々で違う聞こえ方をしてくる。自分の経験や心理状態が投影されるのだろう。昔は全然良さが分からなかったものでも、後で聞くとその良さが分かったりする。それを理解するだけの耳や感性を持ち合わせていなかったということなのだ。その辺は読書と似ているのだと思う。

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城山三郎さん 死去

昨日、城山三郎が亡くなったとのこと。

城山さんと言えば経済小説で有名だが、私が忘れられないのは、「素直な戦士たち」という作品です。

1978年の発行ですからもう随分昔の話で、その頃家の本棚にありました(母親が買ったらしい)。私は内容も知らずに何気なく読み始めたのですが、衝撃を受けました。

自分の子供を東大に入れてエリートにする、というただ一つの価値観に囚われてしまった母親、過大な期待をかけられた長男、何も期待されていないのにどんどんいろんな能力を開花させていく次男、過度なプレッシャーや弟に対する複雑な思いから、だんだんと壊れていく長男、、、今でいう「お受験」です。そして、、、結末には背筋が凍る思いをしました。長男はある意味救われたと言えなくもないが、母親に救いは用意されていたのか・・・?

当時まだ小学生だった私をぐいぐいと引き込んでいく物語、こういうものを書く人というのはすごいと思わされました。当時1回読んだだけでその後は読んでいないにも関わらず、その内容ははっきりと記憶されいる。そして、死んだ私の祖父とどこなく顔が似ていた(余談)。

同じ頃、大河ドラマになった「黄金の日日」の原作もこの人です。断片的ですがドラマの印象が記憶に残っています。

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私と小鳥と鈴と 新垣勉 金子みすヾ

先ほどの新垣勉で、「私と小鳥と鈴と」というのがあります。NHK「みんなのうた」でやってますね。金子みすヾ(1903~1930)の詩に歌が付けられたものです。

詩もよいし、メロディーもよいし、歌もよい、の三拍子揃って素晴らしい!という感じです。

金子みすヾのこの詩自体がしばらく前に取り上げられた時から興味を持っていましたが、この詩がこんな風に歌となるなんて!彼女の詩は、一見簡単そうに見えて実はものすごく奥が深いことを言っていますね。
-みんなちがって、みんないい。-なんて、「世界にひとつだけの花」の世界をもうずっと前に表現していたんですね。彼女自身は1930年(昭5)に26歳の若さで自ら命を絶ってしまったのは有名ですが、時代の先を行き過ぎていたのでしょうか。

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わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

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