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クリーブランド管 ホルストの演奏について

この話題に関しもう少し。

(CD情報については先述の カラヤンじゃなかった? を参照)

フェネル指揮のクリーブランド管(クリーブランド管弦楽団管楽セクション)1978年録音の、ホルスト「吹奏楽のための第1組曲」他の録音は、この曲の決定版だ、と言う人も多いようです。かく言う私も初めて聞いた時の衝撃はずっと続いていて、自分にとってもこれがナンバー1です。

この曲のいいところは、主題(最初のシャコンヌのメロディー)が一貫して3つの楽章に入っていて曲全体が捉えやすいところにあると思います。よく曲を捉えることができればそれなりの演奏になると思います。同じ組曲の第2番と比べて、1番は「基本編」、2番は「応用編」だと言うこともできると思います。1番をきちんとできるようになるとかなり力がつくと思います。2番はやったことがありませんが、1番に比べると曲想も増えて少し難しいと思います。

この曲の演奏は、フェネル指揮のイーストマン・ウィンド・アンサンブルとクリーブランド管のをずっと聞いてきました。面白いのは両者の演奏を比較すると、同じ指揮者でも大分違いがあるということです。

イーストマンのは音楽学校の学生の演奏だけあって、若さとパワー溢れる、という印象で、よく聞くと実は結構雑な感じもあります(よく言うと「荒削りなパワー」というヤツ?)。

これに対してクリーブランドの演奏は、よく聞くと一種冷静で覚めたような部分も感じます。これは、一流オーケストラのベテラン奏者達による演奏ですから、技術的にも申し分なく、きちんとまとまってもの凄い演奏になっています。しかしそこにはある種の余裕というものが存在しているからだと思います。

例えるならば、前者は軽とか1000ccくらいの車でフルアクセルで飛ばしている感じ、後者は同じスピードでも3000ccくらいのセダンとかでさーっと余裕で巡航している感じとでも言いましょうか。安定度が違う。キャパシティの大きさが違うということです。

そしてなぜクリーブランドの演奏が凄いか、もう一つ感じていることがあります。

それはオケ吹き(オーケストラ奏者)による演奏、ということにあります。

音大生やプロ奏者なら皆同じようにきちんと技術的な訓練を積んでいるはずですが、なぜ違いがあるのか。これは、中学高校は吹奏楽、大学ではオーケストラ、と両方をやった経験から感じたことです。

吹奏楽では、パートにもよりますが、同じ譜面(パート)を複数の人で吹くことが多いのに対して、オケの管楽器は基本的に1人1パート(死守)の世界です(熱があっても合奏は休めない!)。100人もいるオーケストラの中では、ヤワな音では弦楽器の山を飛び越えて客席まで届きません。管楽器に比べて弦楽器は音が小さいからオケの管楽器は楽だ、という話も聞きますが私はウソだと思います。1本の音を通すのは結構ハードです。

オケに入って最初に先輩に叩きこまれたのは、オケの管楽器には、p(ピアノ)なんて無いんだ、f(フォルテ)かff(フォルティッシモ)かfff(フォルティッシシモ)しかないんだ!ということでした(笑)。まあこれは曲や編成にもより、本当に小さな柔らかい音も当然必要です。あと、アマチュアの場合はきちんと楽器が「鳴って」いないと音が通らない、という単純な技術的な問題もあります。(それでも「聞こえない」となると、力任せに吹くしかないので)。吹奏楽でも大きな音は出しますが、1人あたりの責任や負担はオケの方が大きい気がします。

また、吹奏楽では、1人1人が主張するよりも全体で調和の取れた演奏をどちらかというと目指すと思います。一方でオケの管楽器では、全体を壊さないことはもちろん必要ですが、場面に応じてその楽器の音色の個性が求められることから、それを生かすためにはある程度はっきりと主張することも必要になってきます。このことは、高校時代に学生指揮者をやることになった時、学校の図書館で「吹奏楽講座」という百科事典のような分厚い本を見つけて、(一応必死に)勉強したのですが、そこに書いてあった記憶があります。

吹奏楽に求められる音色とは、どれかが突出しているのではなく、柔らかく調和した音、色に例えると中間色である、と。その後他のところで見たのかも知れませんが、一方でオーケストラで必要なのは、各楽器の個性(音色)を、求められる場面に応じて最大限に発揮することにある、と。言ってみれば極彩色のイメージです(これも曲によるが)。

オケでよくやるような曲は、その長い歴史からか、ある程度演奏スタイルのような基本的な形ができあがっていて、長いフレージング、かなりきちんと歌い込む、音価一杯に吹き込む、などといったことがより求められ、しかもそれが1本(1人)できちんとできないと曲になりません(サマにならないということ)。オケでずっとやっていると、ソリスト的な要素がより多く求められるわけで、音量面でも、表現面でもよりはっきりと吹く吹き方が身についてくる気がします。

これらの大きな違いが、ずっと吹奏楽、ずっとオケ、とやっていると自ずと吹き方に違いとなって現れ、それが身についてしまうのだと思います。それで、オケをずっとやっていた人が吹奏楽の曲を吹くと、もの凄い音になるのです。

大学オケ時代、文化祭の出し物で、フルオケだけでなく、室内楽などの小編成アンサンブルと並んで、吹奏楽をやることがあった。リードの「音プレ(音楽祭のプレリュード)」とか「エル・カミーノ・レアル」や、ジェイガーの「シンフォニア・ノビリッシマ」や、「星条旗(よ永遠なれ)」などをやった。合奏練習は1・2回でほとんど初見のような状態だったが、この時の演奏がもの凄い音がして、クリーブランドのと同じような響きをしていました。

それまで漠然と思っていた、今言ったようなことはここで確信に変わりました。それ以来、吹奏楽のCDを聴くと、それはそれで上手いのですが、どうしても違和感というか、表現上の物足りなさを感じるようになってしまいました。もっと(クリーブランドの例のように)吹くべきではないのか。。。?

ただ、この「違い」に対するこだわりは、私個人の単なる「好み」の問題でしかないのか、このクリーブランドのような演奏は本来の「吹奏楽」の演奏として相応しいのかそうでないのか、専門の吹奏楽団の演奏は、あれはあれで「正しい」のか、本来同じ楽器でそんな吹き方の違いがあってはいけないことなのか、専門的な見地から見た場合はどうなのか、よく分からないのです。ああいうものなのだろうか。

このようなことはあまり世間一般では言われてないように思います。単に私の「好み」の問題でしかないのだろうか。。。

しかし、そんな中、昨年もう一つの衝撃的な事件に遭遇した。
昨年夏の「N響ほっとコンサート」における、N響の吹奏楽演奏だ。

 【・・・つづく】

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コメント

突然お邪魔します。
私はホルストはデニス・ウィック指揮/ロンドンシンフォニーウインドオーケストラ(ロンドン響管セクション+α)が今もってベストだと思います。
ブリティッシュブラス特有の音色の明るさと短さ(!長さではないのです)が他の演奏と一線を画してます。残念ながらずいぶん前に廃盤になっているようですが・・・。

投稿: むむむ | 2007年4月15日 (日) 22時15分

むむむさんへ。コメントありがとうございます。
デニス・ウィック版は私も中学生の時エアチェックして聞きました。音色はクリアでイギリスらしいかっちりとした演奏だった記憶が残っています。今思うときっといい演奏だったのだと思います。
ところが当時の未熟な自分は、この演奏が何者による物なのかもロクに知らず、派手な印象のあるクリーブランド版が基準になってしまっていたため、インパクトに欠ける、と思い、少し聞いて消してしまったのです・・・。今思うと随分浅はかなことをしたものです。こうして消してしまった名演が数多くあるのです(笑)。
この音源が入手できればもう一度きちんと聞いてみたいとは思っています。

投稿: まるさん | 2007年4月16日 (月) 00時46分

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