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高見映(のっぽさん) NHKにんげんドキュメントを見る

高見映(のっぽさん)登場の、NHKにんげんドキュメントを見た

(3/30 22:00~22:45)。

番組ではのっぽさんの日常に密着。昨年の「グラスホッパー物語」の大ヒットで、「できるかな」を知らない世代にも人気を得たのっぽさん。訪れた幼稚園では、すんなり子供達に受け入れられる。子供達にも丁寧語で話すのっぽさん。この歌はしかし、子供のみならず大人からも「元気をもらった」「勇気を与えられた」という反響が多数寄せられているという。

その「グラスホッパー物語」の続編「ハーイ! グラスホッパー」を作ることが決まったといい、その制作風景も写される。のっぽさんは作詞・脚本・演出を担当。聞けばもうずっと前から作詞家としての顔も持ち、これまでに100以上もの子供向けの歌を作ってきたという。

作詞風景が映し出される。メロディーが先にできている曲に後から詞を付ける進め方だ。基本的に1音(音符1個)に言葉は1文字、そしてメロディーの上下と日本語の高低に合った詞を選んで乗せていく。

これは歌の作り方のごく基本のやり方だ。山田耕筰とかの古い歌曲の時代から皆こういうことを考慮されて作られているので、メロディーと詞が調和し、詞が日本の言葉として自然に聞こえるのである。

最近の歌はそういうことを無視しているとしか思えないものも多く、歌い方も、フレーズの切れ目でもないところでブレス(息継ぎ)をしたりする。そこから来る奇抜な効果を意図的に狙っているものもあるのかも知れないが、どうも不自然に聞こえてしまう。

のっぽさんはそういう基本に忠実に則ってやっているので、親しみやすい歌となり、彼の個性と合わせて多くの人に受け入れられることになったのだろう。

気持ちのいい朝、おじいさんバッタののっぽさんは孫バッタ達とあいさつをする。あいさつをすることはとても大切、それは何故か、「私はあなたとお仲間ですよう、よろしくね」という意味を持つからだ、といい、怖かった大きなカマキリとも最後には仲良くなることができた、という内容だ。

表面的にはそんな一見シンプルな内容だが、のっぽさんは優しさとは何か、を伝えたい、をテーマに考え続けて今回の制作にあたったといい、子供に声を掛けても胡散臭がられる、人に声を掛けることができないようなそんな今の世の中はおかしい、と訴えていた。この歌に込める思いや夢を語るのっぽさんは72歳とは思えない、少年のような輝いた顔をしていた。

子供のないのっぽさん夫婦の仲の良さそうな場面も写っていた。できあがった歌の試写を一緒に見る奥さんのうれしそうな、楽しそうな顔が印象に残る。

試写の映像が少し写ったのを見た時に感じたのは、前回の「グラスホッパー物語」と曲も内容もまったく異なるものだが、前回と同じくのっぽさんの世界がきちんと描かれているということだ。これは単に衣装や設定が同じということからだけではなく、彼の稀有な個性が前面に出ているからだと思う。

そして、これは「できるかな」に次ぐライフワークとして、続けられるだけこのシリーズを続けて欲しい、という期待をちょっと持った。きっとまた評判になるだろうから、その実現可能性は決して低くないと思う。(そうなったらなったでNHKの「柳の下のドジョウ」狙い体質には毒されないようにして欲しいものだが・・・)

※この番組は多分再放送があると思うので見損ねた人は番組欄を要チェックです。

 ※再放送 4月11日(水)0:10-0:55

   総合(火曜深夜です) 4/4現在

 (イマイチ法則性が分かるようで分かりませんが、大体1週間後の深夜あたりに総合かBS2でやると思います。もしくは最近始まった「あなたのアンコール」でやるかも?)

いつまでも元気でいて欲しい人だ。

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高見映(のっぽさん) NHKにんげんドキュメント最終回に登場!

高見映(のっぽさん)がNHKにんげんドキュメントに出るそうだ。

(3/30、22時から総合)
この人も好きな人だ。

大体今の中年くらいまでの世代は、今や伝説となっている教育テレビの「できるかな」を見て育っている。昨年スタジオパークに出た時も、有働アナが興奮してはしゃいでいた。

昨年の「みんなのうた」で放映された「グラスホッパー物語」では自ら作詞、出演するという快挙です。
最初からあきらめないで挑戦することが大切だ、というメッセージの歌だそうです。これには参りました。

元々はダンサーで、フレッド・アステアを尊敬し、タップダンスの達人でもあり、以前何かで言っていたのは、昔ディズニー関係だかのショーの振り付けをする話があり、アメリカ人スタッフから、そんな無名の人間じゃダメと反対された時、のっぽさんは、相手のボスに自分のステップを踊って見せた。
それは高度な習熟を必要とし、見る方もそれを知っていないと分からない、というものだったそうで、相手のボスもそれが分かる人だったことから、一目見てのっぽさんに全て任せる、みたいな話になったということです。

そして、子供を「子供」と呼ばず、「小さい人」と呼び、対等な人間として尊敬して接するというのっぽさん。先の植木等さんもそうですが、こういう懐の深い、達観したような人には本当に魅力を感じます。
「できるかな」が終わってからはあまり見かけないと思っていたら、色々な活動をされていて、グラスホッパー物語に繫がっていったのだと思います。
きちんとした考えで自分のやるべきことをやり続けている人間というのは強い。じわじわと長い時間をかけてもやがて多くの人に認められていく。

余談ですが、ドリフターズの面々なんかも、かつては「ワースト」などと言われていたのに、2001年になって第52回NHK紅白歌合戦に出場したり、高木ブー氏は実は日本屈指のウクレレ奏者で遅咲きブレイクしたりと、愚直なまでに自分達のやるべきことを追及し続けたのが、ようやく最近になって認められたということだと思います。(ドリフについてはまた別の機会に詳しく述べたい)

30日の放送が楽しみです。

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追悼・植木等さん死去

植木等さんが昨日(3/27)亡くなりました。80歳だったそうです。お元気そうで、まだまだと思っていたのに急な知らせで大変ショックです。崇拝していたのに。

丁度ココログのメンテナンスで24時間もの間、更新ができず、いち早くこの思いを伝えたかったのに非常にもどかしい思いをしました。。。

植木等に注目し始めたのはいつ頃だっただろうか。
大学3年の頃、大学オケ内の人間関係に悩んでいた私は、雑誌「プレジデント」の「般若心経」特集にふと惹かれて読んでいるうちに、仏教の教義や仏教用語に学問的興味を持ち始め、専攻の国文学科の卒論テーマにしようと考えるに至った。そうすると「仏教」というキーワードに繫がる話題が自然と入ってきて、植木さんが浄土真宗の僧侶の息子だということを知った。(笠智衆やポール牧なんかもお寺の生まれですね)

一度は僧侶になる修行を積んだ植木さんですが、東洋大学在学中に軽音楽同好会に入ったのをきっかけにギタリストを目指し、フランキー堺率いるコミックバンド「シティ・スリッカーズ」に参加した後、ハナ肇率いる「クレージーキャッツ」に入ることになったのです。寺を継がずに芸能人を目指すにあたって、親を説得した理屈は、「坊さんは死んだ人間を供養するが、芸能人は生きている人間を楽しませる。俺は生きている人間を元気づける仕事がしたいんだ」ということだったそうです。

父・徹誠という人は僧侶ながら型破りな人で、寺にある仏像を植木少年の前でぶっ叩いて「いいか、こんなものには何の値打ちもないんだ」と説教をしたそうです。仏像そのものは単なる「物体」でしかなく、大切なのは仏の教えそのもの(心)だ、その本質を見失うな、という教えだったのだと思います。

一世を風靡した「無責任男」のキャラクターとは裏腹に、実際の植木さんは極めて真面目な人であったことが知られています。そんな真面目な人が大真面目に「無責任男」に徹して演じたからこそ、あのキャラクターは花開いたのだと思います。元々は、正式にクラシックの発声レッスンも受けたこともあり、歌手になりたかったということで、声もよく歌が上手い訳です。そういう様々なエピソードを知るにつれて、植木さんの奥深さに魅せられ、崇拝するまでに至りました。。。

映画「日本一のゴマすり男」(昭40・1965年)はインパクトがありました。確かこの作品中での役名は「中等(なか・ひとし)」だったと思います。上役や周りの人にことごとくゴマをすりまくり、そのゴマスリパワーだけで出世する、という破天荒なストーリーでしたが、いやな上役とかにも嫌な顔一つせずにかゆい所まで手が届くまで徹底してゴマをする。漫画的なフィクションの世界ではありますが、と同時に、「あんたらも、このくらいしたたかに生きないとダメだよ」というメッセージでもあるように感じます。

(モバイル→日本一のゴマすり男

秀逸だったのは結末の場面。東野英治郎扮する社長とのやりとり。
主人公の会社がハワイに支店を出すことになり、その人事を巡っての場面。確かこんな内容だったと思う。

 中等「ところで社長、もう新しい支店の支店長の人事は、とっくに

   決まっているんでしょうな。用意のいい社長のことですから。」

 社長「う・・・うむ・・・もちろんだ・・・。」

    (本当はまだ決まってなどいない)

 中等「はっ。どうもありがとうございます!!」

 社長「う・・・うむ・・・よろしくたのむよ・・・」

こうして彼に決まってしまう。この2人の絶妙な間によるおかしさ。見るとスカッとし、元気になります。

映画「会社物語」(昭63・1988年)、これはクレージーキャッツのメンバーをフィーチャーした作品で、楽しい話かと思って見たらシリアスな話で唸ったのを覚えています。

大体コメディアンは真面目やネクラな人が多いと言います。人を笑わせるためには常に計算が必要なので、どうしたってそうなるという訳です。渥美清などもその典型ですね。余談ですが、コメディアンに不幸な人間やいやらしい人間の役を演じさせると凄い演技を見せることがある、とも言われています。それは大抵の場合、売れない時代に地獄を味わい尽くしているからだと言います。せんだみつおが昔、NHKドラマ「新 夢千代日記」(早坂暁作)で中国残留孤児の役で名演を見せたというのも、私自身は当時見ていなかったのですが、納得がいきます。

1990年の紅白に出場した時の、あの人を喰ったようなパフォーマンスは圧巻でした。1991年春、卒業旅行で奈良・京都に行く最中の新幹線の車内放送サービスで流されていてたまたま聞いた、アルバム「スーダラ伝説」の歌に心を奪われました。「花と小父さん」や「チビ」など、本当に深い味わいを感じ、帰京後、真っ先に購入しました。

スーダラ伝説

(モバイル→スーダラ伝説

晩年になってからの俳優としての植木さんは、「名古屋嫁入り物語」などのコミカルな役もありましたが、滲み出る誠実な人間性と品格を感じさせる人だったと思います。

ご冥福を祈ります。

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管理人より緊急ごあいさつ

始めて間もないにも関わらず、思いのほか多数の方のご訪問をいただき驚いています。今後、より一層の充実を図っていきたいと思いますので気長にお付き合いいただければと思います。

一番メインに力を入れようと思っているのはクラシック音楽関係の話題なのですが、何せ芸能関係・歌謡曲等にも多々関心があり、日々耳に入るニュースでついそちらの話題に傾きがちです。

私なんぞよりクラシックに詳しい方は世の中にいくらでもいらっしゃると思います。クラシック音楽自体、その範囲が膨大であり、全てを知っている等という人は皆無に等しいと思います。
私の場合もかなり主観的な趣味及び考察になると思っています。ですが私は私なりの感覚と言葉で、思う事、感じた事を書いていきたいと考えています。

何となくクラシックに関心があるけど、どこから入ったらいいかよく分からない、どんな曲を聴いたらいいか分からない、楽器や吹奏楽、オーケストラを始めて間もない、そんな方に少しでも参考になり、面白いと思ってもらえるような話題が提供できれば幸いと思います。コメントやトラックバックもお待ちしています。

ただし、誹謗・中傷や当ブログに関係の無い内容のコメント・トラックバックは当方の判断により削除させていただきますのでご了承下さい。

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回転寿司 衝撃!激安ネタのカラクリ

学生の頃から回転寿司の常連だ。新しい店を見つけるとチェックせずにはいられなくなってしまう。大体どこの何がおいしい、とかいうのも頭の中でできている。

今や、1皿オール105円とか、高級ネタでも普通のすし屋の半値くらいで食べられる回転寿司は大人気である。休日の夜などに行くと大変だ。1時間待ちとかはざらである。家族連れで行く人も多いだろう。

こんな本を見つけた。

安さの秘密は、決して企業努力によってだけ成り立っているのではない、といい、激安ネタ仕入れのカラクリについて、激安店・市場・流通の舞台裏の闇に迫った本である。よくこんな本が出せたものである(「買ってはいけない」みたいな本だ)。

これまでも、イミテーション、偽装魚などについては言われていた。しかしもっと戦慄を覚える恐ろしい事がこの本には書いてある。

偽装でも食べられて美味ければよいと思うが、それだけに止まらず、健康・安全を脅かしかねないようなシロモノが出されていたとしたら、これはとんでもないことである。すべての店がそうではないのかも知れないが、こういうことをしている店もあるということらしいのである。

怖いもの見たさで読んでしまったが、しばらく回転寿司に行けなくなってしまった。 こういう事が表に出ることで、阿漕な商売ができなくなり、健全な食材が提供されることを願うのみである。。

モバイル用→回転寿司「激安ネタ」のカラクリ

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秋川雅史登場!NHK家族で選ぶにっぽんの歌

昨日(3/24)夜7時30分からの、NHK「家族で選ぶにっぽんの歌」を見た。秋川雅史がまた出ていました。この番組の趣旨は、NHKが選んだ500家族のアンケートを元に心に残る歌の選曲をした、という。

出演者がすごい。(敬称略)橋幸夫、小金沢昇司、香田晋、TOKIO、秋川雅史、石川さゆり、由紀さおり、アグネス・チャン、南野陽子、矢口真里、後藤真希。

それで、伊東四朗(お父さん兼おじいちゃん)、柴田理恵(お母さん)、ベッキー(娘)の家族が司会という設定である。すごいメンツだ。確かに司会の言うように、この番組ならではの組み合わせだ。こういう番組でしか実現しないかも知れない。紅白のようだ。

すべての世代をターゲットにしようとして、司会の三人は、「私の思い出の歌は、、」なんて三人三様に話すので収拾がつかない。

(ここから先、順番は適当)アグネス・チャン(今年日本デビュー35周年だそうだ)は「ひなげしの花」を歌う。この歳であの歌を歌えるのはすごい。

小金沢昇司は故・村下孝蔵の「初恋」を歌った。この人はド演歌系ではないので、こういう歌謡曲っぽいのを歌うと結構よい。

香田晋は故・井沢八郎の「あゝ上野駅」を歌う。この人も上手いのだがもう一つ声が出てもよい気がする。この曲はこの間の歌謡コンサートで歌った細川たかしの方が合っていた。

南野陽子はすごいドレスで「吐息でネット」を歌う。歌は昔のままだ(何が?)。しかし歳が近いこともあり、最近妙に同世代で活躍している人に親近感を覚える。ここ最近、「売ろう!」という欲みたいなのをあまり感じさせず、自然体である意味で開き直っている感じが好感が持てる。

TOKIOの「宙船」はまあよい。矢口真里と後藤真希のモー娘メドレーもまあよい(アグネス・チャンと南野陽子が一緒に歌った・・・凄い)。

矢口真里と後藤真希は「渚のシンドバッド」や「プレイバック・パート2」も歌った(例のところは「真っ赤なポルシェ」だった)。TOKIOも「上を向いて歩こう」などをえらく楽しそうに歌っていた。国分太一が一番楽しそうにはしゃいでいた。

最近紅白でも、色々な人が混ざってやる企画が、タレントが嫌がったり、スケジュールが合わないとかで、あまり行われなくなってきていてつまらないが、モー娘系とジャニーズ系は、上手い下手は別としてこういうことをそれなりにやってくれる。ある意味プロだ。

橋幸夫とベッキーは「いつでも夢を」。父娘?おじいちゃんと孫?

石川さゆり、柴田理恵、矢口真里、後藤真希の4人で「ドレミの歌」を歌う。凄すぎる。本当にこんな番組でしか見られない取り合わせだ。

由紀さおりの「手紙」。あの独特の雰囲気は何だろう。あの物憂げな空気。安田祥子と童謡を歌う時とは明らかに違う。すごい個性だ。

そして秋川雅史の登場。あらためて「千の風になって」を聞く。この時はピアノ伴奏だった。最初の方は少し抑えている。「秋には~」のところからがよい。この歌が受け入れられている大きな理由の一つとして、ここの歌詞が、私はいつでもどこでも姿を変えてあなたのそばにいますよ、というメッセージになっていて、失った人が本当に自分に寄り添って来てくれるような感覚に包まれることだと思う。思わず涙が出そうになる。

秋川雅史「千の風になって」(2006/5/24) 

千の風になって

(モバイル→千の風になって

秋川雅史は「大きな古時計」も歌った。子供向けにでなくこういう人がきちんと歌ってくれるのはよいことだと思う。

しかしベッキーといい秋川雅史といい、本当に最近NHKによく出てくる。千の風なら、新垣勉だっていいじゃないか、とも思ってしまう。気に入ると(人気が出ると)、使えるものはとことん使い倒す、紅白なんかでも昔の民放ネタを出したり、とちょっと節操がないのでは?

そういえば、昨年(2006年)の正月だったか、やはりNHKの新春特番で、日本の歌特集をやっていて、そこで確か秋川雅史さんも出ていた気がする。その時はまだブレイクする前で、私も知らなかったが、次に売れそうと目を付けたか?と思ったのでした。

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誕生日だ その2

書き忘れた。

学生時代、大学オケの5泊6日の春合宿に必ず誕生日がひっかかった。同級生には、合宿中は絶対に内緒にしておいてくれ、と頼んでおくのだが、夜の練習が終わって酒の席になると、その同級生の一人(女性)は、戦々恐々としている私を尻目に、頃合いを見計らったかのように、

「そういえば○○くん、今日お誕生日じゃな~い!!」

と並み居る先輩達の前でのたまうのである(これも毎年のようにやられた)。悪魔のようだ。

先輩達にはなぜか大層「可愛がられて」いたため、

「何ぃ~。そうか、それはめでたい。じゃあ呑んでもらおうか」

「じゃあ歳の数だけ呑んでもらおうか」(一同、大盛り上がり)

「勘弁して下さいよ~」(必死の抵抗)

こうして歳の数だけ呑めるはずもなく、トイレで撃沈し、その姿を写真に収められ、そういう写真は後日部室に張り出される。

「オーケストラの人達って、なんか高尚なカンジがして近寄りがたくってさあ」

とは、結婚式の2次会に来てくれた会社の同期。

オーケストラなんて、ただの酒飲み集団だったのだけどなあ。

すべての人がそうだとはいいません。要するに「高尚」な人だけでなく、色~んな人がいます。社会の縮図のようだとよく言われる所以だ。

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誕生日だ

今日は誕生日だった。とうとう39歳になってしまった。

昨年の誕生日の時、母親から聞かれた。

 母「あんた、いくつになったの?」

 私「8(38歳の意)だよ、8」(覚えてないのかい?)

 母「えっ。8って、38歳ってこと?もうそんなになるの?」

そんなにって、あなた、自分だってもうすぐ70だというのに、ねえ。

人によってその基準は違うかもしれないが、私の場合は、35歳までは、まだ30台前半じゃん、という気持ちがあったが、36歳になった時、これはもう、四捨五入すると40じゃん、と愕然とした。そして今回の39である。もう40も目前だ。中身はあまり進歩していないのに、いつの間にか歳だけはとるのね。

そういえば、ここ数年で、嗜好が変わってきて、それはトシのせいか、と思うことが結構ある。

・さといもの煮付け

 前)なんか味が薄くてぱさぱさしていて旨くない!

 今)うん。なかなかおつな味だ。

・さつまいものてんぷら

 前)なんかぽそぽそして、天つゆの味ももしみくにくくていやだな。

 今)さつまいもの甘みがなかなかいいじゃん。

・最中(もなか)

 前)あんこが甘すぎていや。あんと皮のバランスが悪い!

 今)ほう。これはこれでいいバランスになってんのね。。なかなか旨いじゃん。

   ※最中は、とらやが値段は高いが、昔もらいもので食べたら非常においしかった。

あとは、、、今思いつかない。皆さんはこういうことないだろうか・・・

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フェネル・クリーブランド管

ちょっと待て。カラヤンが初めてと書いてしまったが、よく考えると、マーチからカラヤンに行く間にはもう少し色々聞いていたような気がする。カラヤン/ベルリン・フィルのインパクトがあまりに大きかったせいで記憶から抜け落ちていたのだろう。最初に「ハマッた」のがカラヤン、というのが正しかった(失礼)。

当初は吹奏楽系を多く聞いていた。初期のイーストマン管楽アンサンブルとか、フェネル/クリーブランド管による吹奏楽とか。佼成(東京佼成ウィンドオーケストラ)も聞いた。

部活でイギ民(V.ウィリアムスの「イギリス民謡組曲」)をやったので、とイーストマンのを買い、そこに入っていたホルストの一組・二組(吹奏楽のための第一組曲・第二組曲)等を知った。当時イギ民は周りの学校でなぜか流行っていた(ここらへんはお決まりのパターンですね)。

これらで持っているのはCD以前なので、全てLPレコードである。

イーストマンのは1950年代の録音で、モノラル(擬似ステレオとされてるのもある)だが、その演奏の迫力、壮大さは録音状態の悪さをまったくと言っていいほど感じさせない。音楽学校の吹奏楽アンサンブルだから、血気盛んな若い奏者達の元気がびんびんと伝わってくるような演奏である。第一組曲の1楽章シャコンヌは、ものすごくゆっくりなテンポだが、最後のヤマに向かう長大なクレッシェンドには目(耳)を見張るものがある。2・3楽章は異様にテンポが速いが、若さとパワーで押し切っている感じ。CD化はされているのだろうか。多分曲目からするとこれがそうらしいが、在庫切れだ・・・

ホルスト:吹奏楽のための組曲第1番
 フレデリック・フェネル指揮 イーストマン・ウインド・アンサンブル
  1. 吹奏楽のための組曲第1番変ホ長調(ホルスト) 
  2. 同第2番ヘ長調(同) 
  3. イギリス民謡組曲(ヴォーン・ウィリアムズ) 
  4. 行進曲風トッカータ(同) 
  5. ヒル・ソング第2番(グレンジャー) 

   1994/6/5発売とあるが、録音は1950年代だ。

クリーブランドのはこれだ。LPの時は3枚の別々の録音だったと思う。

  

これこれ、このジャケット。左のは3枚分から1枚に再構成されている。

(1~3と、4・8~10、5~7)それぞれ、他の曲ももっと色々入っていた。

 ホルスト:吹奏楽のための組曲第1番&第2番
  フレデリック・フェネル指揮 クリーヴランド管弦楽団管楽セクション
  1. 吹奏楽のための組曲第1番変ホ長調op.28-1(ホルスト) 
  2. 吹奏楽のための組曲第2番ヘ長調op.28-2(ホルスト) 
  3. 王宮の花火の音楽(ヘンデル) 
  4. 3つのファンファーレ~オリンピックのテーマ(アルノー) 
  5. バーナムとベイリーのお気に入り(キング) 
  6. ラデツキー行進曲(J.シュトラウス1世) 
  7. 星条旗よ永遠なれ(スーザ) 
  8. イギリス民謡組曲(ヴォーン・ウィリアムズ) 
  9. リンカンシャーの花束(グレインジャー) 
  10. シェーパーズ・ヘイ(グレインジャー) ※〈CD/SA-CDハイブリッド仕様〉 

  2005/3/23発売とあるが、録音は1978~1979頃のはず。

右のがこのジャケットのLPと同じ曲目のものだ(これも現在在庫切れ?)。これと、マーチとイギ民のを再編集した2枚は大人になってからCDを後からわざわざ買った。

 (曲目)1. 吹奏楽のための組曲第1番op.28-1(ホルスト) 
      2. 吹奏楽のための組曲第2番ヘ長調op.28-2(ホルスト) 
      3. 幻想曲ト長調BWV572~グラーヴマン(バッハ) 
      4. 王宮の花火の音楽(ヘンデル) 

この辺のは、当時黎明期にあったデジタル録音を使用し始めたテラーク社の名声を決定付けた名録音、と言われている。今ではデジタル録音が当たり前なので、今聞くと当時ほどの感動は薄れてしまっているが、アナログ録音を聞きなれた耳にとって、このホルストの録音はもの凄い衝撃だった。

演奏も凄いし、録音もよい。音がとてもクリアーで、個々の楽器の音もよく聞こえる上、全体の響きもよく捉えられている感じだ。そしてダイナミックレンジの広いこと。シャコンヌを最初の音量のままで聞いていたら最後にえらいことになった。

演奏のよさのせいもあると思うが、あと当時特に印象に残ったのはグレインジャーの2曲。木管低音のいわゆる特殊楽器群などの音色の特徴がよく分かり、ただの低い「ブー」という音ではない彩りの豊かさが感じられる。他の曲も書ききれないが、いずれ劣らず素晴らしい。解説にも書いてあったが、アメリカの主要オケの管楽器奏者はイーストマン出身者がすごく多く、大半が学生時代にフェネルの教えを受けたはずであり、この経緯があるからこそ、息のあった絶妙の演奏になっている、とある。

今学校等で現役で吹奏楽をやっている人達はやっぱりシエナなのだろうか。クリーブランドのをまだ聞いたことがない人はぜひ聞いてみて欲しいと思う。オケ吹きのやる吹奏楽というのは根本的に響きが違うと思う(詳細は別途)。

オケ物は、小澤征爾/ボストン響のをまず買った気がする。ベートーベンの「運命」・「エグモント」序曲が入ったのと、ビバルディの「四季」だ(共に1981年の録音)。なぜこれかというと、まだ有名な指揮者は小澤征爾くらいしか思いつかなかったのと、これも同じテラークだったためだ。これはなかなかよかった。四季は教会で録音されたそうで、ものすごくクリアーかつ艶やかな音で、まるでその場にいて聞いているような気がした。運命も演奏はオーソドックスだったと思うが、小澤征爾特有の集中力と、音質の良さが印象に残った。(当時はまだその程度の耳しかなかったのね。。)

  

これだ、これ。今手元にレコードプレーヤーがなく、運命のはテープに落としてなかったので聞けない。買いたい。。

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カラヤン初体験

最初に自分で意識的に買ったクラシックのレコードが、ブーレーズ/ニューヨーク・フィルの、「王宮の花火の音楽」と、バレンボイムの「ピーターと狼」であったことは前に述べた通りである。

不思議なもので同じ曲でも、最初に聞いて聞き込んだものがその人の「基準」となる。先の2つも、他のを聞いても「なんか違う」と感じ、どうもピンと来ない。これが人によってその「基準」が違うからややこしい。

この次の原体験はカラヤン、ということになってくる。中学校でも吹奏楽部に入り、ますます深入りしていく中、NHKのFMで知っていそうな曲があると夢中でエアチェックしていた。その頃は新聞で今のテレビ番組のようにFM放送の週間番組表があり、つぶさにチェックし、深夜とか早朝でも起きて必死に録音していた。

悔しいのは、アナウンサーの声を入れないで曲だけ録音したいのだが、録音ボタンに指を乗せて待機していて、

 「それでは○○○、お送りします・・・」

 「それっ」 「ガチャ」(録音開始。ピッではない)

 「・・・なお、この演奏はモノラル録音です・・・」とか

 「あーっっ!くそっ!!」

ということがよくあった(笑)。今なら自由に編集できるところだが、カセットしかなかった頃の話なので。

最初の頃は、吹奏楽部でよくやることもあり、短くて分かりやすいこともあって、行進曲系を色々と集めていた。変わったところでは、瀬戸口藤吉「軍艦行進曲」(軍艦マーチ)とか、レイモンド服部「コバルトの空」など、パチンコやとかスポーツニュースの音楽、というイメージの曲をきちんとした演奏の録音で入手して一人悦に入っていたものである。

その次あたりにたまたま録音したのが、「ウィリアム・テル」序曲や「軽騎兵」序曲などで、これはカラヤン指揮ベルリン・フィルのものであった。マーチは吹奏楽団の演奏ばかりで、オーケストラのはほぼ初めて。この整然と統率された、キレのある演奏はものすごいインパクトがあった。特に軽騎兵の冒頭などの金管の一糸乱れぬ直線的な音。突き刺すようなバストロンボーン。中学校の部活の下手っぴな音を聞きなれている耳には一種の衝撃であった。しばらくはこればかりを聞いていた。あと、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの、「威風堂々」第1番と「カルメン」前奏曲も同じ頃録音して聞いた。(当時の二大巨頭ですな。)

カラヤンのは多分この辺のがそれだと思う。

  

カラヤン/ベルリンの組み合わせは、これら1960年代終わりから1970年代にかけてが、一番かっこよく、キレがある演奏だったと思う。これは最近になってようやくCDで買った。カラヤンの凄いところは、こういう「名曲シリーズ」的な小品でも手を抜かないで、バリバリの演奏をするところだと思う。ベルリン・フィルももちろん、世界トップクラスのオケというプライドがあるから、手を抜くようなことは決してしない。最近毎年テレビでやるようになった、ワルトビューネ野外コンサートの最後にやる「ベルリンの風」という行進曲も、観客と和気あいあいとやってはいるが、その演奏はビシッと決まっている。(ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのラデツキーと同じ)

この後の演奏者の趣味の傾向は大体これで決まってしまった。「曲」については、初めにヘンデルとプロコフィエフを同時並行で聞いてしまったのだ。時代とか楽派とかにあまり先入観がなかったことはよかったかもしれないが、ヘンテコな趣味になっていったかもしれない。

同じクラシックファンの間でも、趣味がほとんど同じ、というのは稀であろう。「これいいよね」「え~、全然ダメじゃん、どこがいいのこんなの」といった具合である。

大体そういう人は、「曲」そのものだけでなく、「演奏」も聞く。そして自分の基準に照らし合わせたチェック・ポイントのようなものがある。CDを貸したり、一緒に聞かせたりすると、ずっと通して聞かずに、ダーッと早送りをして、要所要所でピッと止めて聞く。そして「あ、これダメ」とか「うん、これはなかなかいい」と判定が下る、という具合である。かなりマニアックだ。ブラ1(ブラームスの交響曲第一番)の4楽章の最後のクライマックスのとことかね。

でもこれは若い頃の聞き方。同じ曲・演奏でも、年を経て聞くとその時々で違う聞こえ方をしてくる。自分の経験や心理状態が投影されるのだろう。昔は全然良さが分からなかったものでも、後で聞くとその良さが分かったりする。それを理解するだけの耳や感性を持ち合わせていなかったということなのだ。その辺は読書と似ているのだと思う。

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松田聖子 Nスペ出演

松田聖子がNHKスペシャルに出るらしい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070322-00000027-dal-ent

4月9日総合、後10:00「松田聖子~“女性の時代”の27年~(仮題)」、デビュー27年目にして初のドキュメンタリー番組出演だそうだ。

  ※再放送は 4月12日(木)0:10-1:00(11日深夜)

「もうそろそろそういうことをやってみてもいいんじゃないか」と出演することを決断したといい、昨年12月下旬から2カ月半に渡り密着取材が行われたとのことである。

松田聖子と言えば思い起こされるのは、芸能界における山口百恵からの「交代劇」である。

-引退して伝説となろうとしていたスーパースター百恵に代わり、次なるスターが必要とされていた芸能界に彗星のごとく現れた聖子。そしてその交代劇はまるで用意されていたかのように静かに進められ、実行された-

・・・とかいうような文章をどこかで見たような気がする。

そして結婚するにあたり、造られた「アイドル」と「実生活」の両立よりも実生活を選び人気絶頂の時にきっぱりと引退した百恵に対し、その私生活をも含めすべてを「アイドル」として「演じて」いる聖子、とまで言われて対照的に扱われた二人。。。

芸能界とは、本人の才能や努力ももちろん重要なウェイトを占めると思うが、それよりも、それを「仕掛ける」人間の力によるところがかなり大きい世界なのだ、ということは想像に難くない(というかトシとともにそういうことが分かってきたのかも知れない)。

しかし「仕掛ける」側の人間というのは、アイドルならアイドルを造り上げる、本来は「裏方」であって、あまり表に出るべきではないものだと思う。それが最近は誰々プロデュース、とか、誰それ振り付け・演出、とかいうのが表に出すぎている気がする。そういう「仕掛け人」たちの力によるところは大きいとしても、最終的にはその造られたアイドルならアイドルが大衆に売り出される「商品」であって、「これは私が造ったんですよ、すごいでしょう」というようなことが前面に出るべきものではないと思う。それで私達は「夢」を持たせてもらっていたのだと思うし、、、

「誰々プロデュース」という「看板」が力を持ってしまい、見る方もそれを一つの「ブランド」として見てしまっていることになり、その「商品」は「駒」であり実は誰でもいいんじゃないの?とさえ思わされてしまう(再三言いますが、本人の才能・努力も重要、だが作り手の要望・イメージにマッチしていればいい、という位置付けになる)。「○ーニング○。」など、初期のメンバーはもう誰もいなくなってしまい、「○ーニング○。」という看板が重要なのであって、中身は結局誰でもいいんじゃん、となってしまっている気がしてならないのです。

今回の番組にあたって松田聖子は「私はホントに普通なんですよ。ありのままの、素顔の自分を見て欲しい」と言っているらしい。彼女の本当の心の内はどんなことだろうか。。。

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2Weekアキュビューの無料キャンペーン

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城山三郎さん 死去

昨日、城山三郎が亡くなったとのこと。

城山さんと言えば経済小説で有名だが、私が忘れられないのは、「素直な戦士たち」という作品です。

1978年の発行ですからもう随分昔の話で、その頃家の本棚にありました(母親が買ったらしい)。私は内容も知らずに何気なく読み始めたのですが、衝撃を受けました。

自分の子供を東大に入れてエリートにする、というただ一つの価値観に囚われてしまった母親、過大な期待をかけられた長男、何も期待されていないのにどんどんいろんな能力を開花させていく次男、過度なプレッシャーや弟に対する複雑な思いから、だんだんと壊れていく長男、、、今でいう「お受験」です。そして、、、結末には背筋が凍る思いをしました。長男はある意味救われたと言えなくもないが、母親に救いは用意されていたのか・・・?

当時まだ小学生だった私をぐいぐいと引き込んでいく物語、こういうものを書く人というのはすごいと思わされました。当時1回読んだだけでその後は読んでいないにも関わらず、その内容ははっきりと記憶されいる。そして、死んだ私の祖父とどこなく顔が似ていた(余談)。

同じ頃、大河ドラマになった「黄金の日日」の原作もこの人です。断片的ですがドラマの印象が記憶に残っています。

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八代亜紀 鰻谷(うなぎだに)

床屋で髪を切っていたら、店でかかっていたラジオで、流れてきたのは、八代亜紀の新曲「鰻谷(うなぎだに)」。この間NHKの歌謡コンサート(毎週火曜夜8時。歌謡と火曜か、、、NHKさん)でやっていました。

2001年4月16日に亡くなった故・河島英五の遺作ということで、聞いてみると、あっという間に「酒と泪と男と女」の河島ワールドへ、という感じです。タイトルの「鰻谷」とは、大阪の地名だそうで、男女の物語がこの地で展開する、という歌詞の内容です。最近テレビではこういうタイプの曲はあまり聞かれないので、耳に残りました。

歌(曲)は完全に河島英五の世界です。
そして歌うのは八代亜紀。この人も独特の個性を持っている歌手で、今は演歌歌手というジャンル分けをされていると思いますが、この曲をこの人が歌うと、「歌謡曲」の匂いがする気がしました。

この人が演歌の女王と言われた70年代後半から80年代くらい?は歌謡曲全盛で、最近はポップス、ロック等の若者系?以外はみんな「演歌」というジャンル分けにされてしまっている気がしますが、以前は、ド演歌でもポップスでもない「歌謡曲」というものが確かに存在していたと思う(持論・・・狩人なんかもそうだと思います)。一時あまりテレビで見ない時もあった気がしますが、最近また調子がよさそう。何か肩の力が抜けて自然体な感じがしてよい。

ヒットしそうな気がする。。。

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「鰻谷」2007/02/21 Release

鰻谷 (写真がない、、、)

 1.鰻谷(うなぎだに)
  作詩・作曲:河島英五
  編曲:河島翔馬
  ストリングス・アレンジ:石倉重信

 2.月の花まつり
  作詩・作曲:河島英五
  若草 恵

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私と小鳥と鈴と 新垣勉 金子みすヾ

先ほどの新垣勉で、「私と小鳥と鈴と」というのがあります。NHK「みんなのうた」でやってますね。金子みすヾ(1903~1930)の詩に歌が付けられたものです。

詩もよいし、メロディーもよいし、歌もよい、の三拍子揃って素晴らしい!という感じです。

金子みすヾのこの詩自体がしばらく前に取り上げられた時から興味を持っていましたが、この詩がこんな風に歌となるなんて!彼女の詩は、一見簡単そうに見えて実はものすごく奥が深いことを言っていますね。
-みんなちがって、みんないい。-なんて、「世界にひとつだけの花」の世界をもうずっと前に表現していたんですね。彼女自身は1930年(昭5)に26歳の若さで自ら命を絶ってしまったのは有名ですが、時代の先を行き過ぎていたのでしょうか。

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わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

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千の風になって 秋川雅史 VS 新垣勉!

秋川雅史もよいですが、少し前に同じようにブレイクした新垣勉も非常にいい声をしていると思います。どこの部分でも声がカーンと響いていて、それでいてクラシック声楽にありがちな押し付けがましさのようなものがあまりありません。
この人の素晴らしさは、彼の歌からは自身の不遇な境遇を微塵も感じさせないところで、それを乗り越えた上で昇華された表現になっているところにあると感じます。

「千の風になって」は色々な歌い手によって歌い継がれています。
新垣さんのもあって、これがまた彼の独自の世界が築かれているようで素晴らしいと思います。

出身の沖縄つながりの作品で有名になった人なので、これはファンの方ならとっくに知っているけど、というものかもしれません。
(「さとうきび畑」とかもいいですよね)

「千の風になって」が入っていて発売が古そうなCDは、秋川さんのが、

 「威風堂々」(2005/9/21)
 「千の風になって」(2006/5/24) 威風堂々よりシングルカット

で、新垣さんのは、

 「千の風になって」(2004/9/22)) シングル
 「命どぅ宝(ぬちどぅたから)~沖縄の心 平和への祈り」(2005/7/21)

となっています。(合ってる?間違ってたらごめんなさい)

新垣さんのはこれもいいでしょう。
 ベスト・アルバム「魂の歌― 新垣 勉ベスト・コレクション 」(2007/3/21)
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新垣さんのを聞いたことのない人は、ぜひ聞いてみて欲しいと思います。

秋川雅史「威風堂々」(2005/9/21) 

威風堂々

1. Pride~威風堂々 
2. 津軽のふるさと 
3. タイム・トゥ・セイ・グッバイ(duet with 半田美和子) 
4. ヴォラーレ 
5. カルーソー 
6. 千の風になって 
7. グラナダ 
8. 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲~アネモネ 
9. いい日旅立ち 
10. 君と旅立とう(「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」ソロバージョン) 
11. ここに君がいれば(歌劇「イーゴリ公」~だったん人の踊り) 
12. Pride~威風堂々(duet with 半田美和子)

秋川雅史「千の風になって」(2006/5/24) 

千の風になって

 1. 千の風になって 
 2. 千の風になって~カラオケ~ 
 3. リンゴ追分 

新垣勉「千の風になって」(2004/9/22)

千の風になって

 1. 千の風になって 
 2. てぃんさぐの花 
 3. 千の風になって(インストゥルメンタル・ヴァージョン)

新垣勉「命どぅ宝(ぬちどぅたから)~沖縄の心 平和への祈り」(2005/7/21) 

命どぅ宝(ぬちどぅたから)~沖縄の心 平和への祈り

 1. 白百合の花が咲く頃 
 2. 涙そうそう 
 3. あなたに 
 4. てぃんさぐぬ花 
 5. えんどうの花 
 6. ふるさとの雨 
 7. 千の風になって 
 8. 我した村 
 9. 風に吹かれて Blowin’ In The Wind 
 10. 死んだ男の残したものは 
 11. 平和のための祈り 
 12. 青い空っていいな 
 13. BELIEVE 
 14. ひとつだけの命 

新垣勉「魂の歌-新垣勉ベスト・コレクション」(2007/3/21)

魂の歌-新垣勉ベスト・コレクション

 1.さとうきび畑
 2.千の風になって
 3.見上げてごらん夜の星を
 4.芭蕉布
 5.てぃんさぐぬ花
 6.白百合の花が咲く頃
 7.アヴェ・マリア
   ~「カヴァレリア・ルスティカーナ」より
 8.愛の喜び
 9.赤とんぼ
 10.私と小鳥と鈴と
 11.涙そうそう
 12.風に吹かれて
 13.夢路より
 14.愛燦燦
 15.千の風になって(ライヴ・ヴァージョン)

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千の風になって 秋川雅史

昨年のNHK紅白に登場して以来、秋川雅史の「千の風になって」が爆発的にヒットしているようです。

よく、NHKだけではなくマスメディアの特徴かも知れませんが、一度売れる(売れそう)となった途端、その人ばっかりになります。まあそれはそれでよいと思いますが(古くは佐藤しのぶから、錦織健、ジョン・健・ヌッツォ等々・・・)

話題になっているのは知っていましたが、実は私もきちんと見た(聞いた)のはこの時が始めてでした。歌詞もメロディーも良いですが、私の場合、演奏(奏者)の方にどちらかというと興味があり、注目して見ました。感想は「ほう、これは、、、なるほど」。

朗々と声が出ていて、歌詞もよく出ています。あの大きなNHKホールで会場全体を彼の世界の色に包み込んでいるようにさえ思えました。

聞き慣れていない方にとっては、クラシック歌手の歌というのは、ただ声を張り上げているだけで訳分からん、と感じるかも知れません。クラシック以外のジャンルでももちろん素晴しい世界を表現するアーティストは一杯います。でもきちんと声楽を勉強した人の歌い方というのは、声が無理なくきちんと響いているのが好きで、安心して聞いていられると個人的には感じます。

何しろ古来からのアコースティックな世界では、アンプを通さない生の音でどれだけ聞かせられるか、が勝負です。しかも演奏家生命を長く維持するためにも、発声法をきちんと勉強して身に付けているので、声を張り上げているように聞こえても、実際は理にかなった発声をしているのです。

そしてこの歌そのものの持つ魅力もありますが、彼の表現力と上手くマッチしたのでしょう。

秋川雅史「千の風になって」(2006/5/24) 

千の風になって

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はじめてのクラシック

この時入っていたバンドで、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」のメヌエットを吹奏楽編曲版でやったことがある。まだその時は、ヘンデルが有名な作曲家だ、くらいの知識しかなかった。

この曲が気に入ったので、レコード屋に行けば同じものが買えると思い、買いに行った。

また、前述の百科事典に解説が載っていて興味を持った、プロコフィエフ作曲「ピーターと狼」もたまたま見つけたので、一緒に買った。

この時のレコードは

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英語(2)

同じクラスの男の子がドイツ移民の家とかで、その子のお母さんが、「言葉がわからない気持ちをよく分かるから」、と私の英語を教えるボランティアを買って出てくれた。それから午前中はほぼ毎日別室で個人レッスン。ありがたいことだったが、ドイツ人らしく、真面目で堅く、厳しい(固定観念的なイメージではあるが)。

教室のドアのガラス窓に彼女の顔が見え、にっこりして手を振るのだが、だんだんゆううつになってきて、彼女が間違うとちょっと反抗的な態度を取ってみたりした。今思うと随分と失礼なことをしたと思う。

英語漬けの毎日を送っているうち、不思議なことにだんだん分かるようになって来た。向こうの友達と自分との発音の違いも分かるようになって来た。

というより、ある時「ふっ」と分かるようになった感じだった。これは最近流行っている「聞き流し勉強法」と共通するものだと思う。頭の中でもいつの間にか「日本語-英語」ではなく、「英語-英語」で考えるようになっていた。自分でも驚いた。

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英語

渡米は前年の1978年11月だった。英語は、英会話の塾に通ってはいたが、とても会話できるようなレベルではなかった。

行った先は、ノース・カロライナ(North Carolina)州というところで、今ではそんなことはないだろうが、当時日本人学校があるような場所ではなく、いわゆる「現地校」の5年生へ入った。不思議なもので、話すことはできないのだが、先生やクラスの人たちが話していることは、何となくわかるものである。でも自分がそれに対して、どう答えてよいか分からないのに大いに困った。

先生も日本人の生徒を受け持つのは初めてだったようだ。住む家が入居可能になるまでモーテル住まいをしていたが、そこのオーナーと、担任になる先生が偶然知り合いだった。

「今度、日本から来た子を受け持つのよ」と張り切って話していたそうで、どうも話を聞いていると自分のことのようだった。「世間は狭い」はどこでも同じ?

http://www.visitnc.com/index.asp
http://www.raleigh-nc.org/
http://www.visitraleigh.com/index.html

問題は英語である。

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はじまり

フルートとの出会いは今を去ること28年前。

1979年、父親の転勤で前年から住んでいたアメリカ東海岸の田舎町。当地では小学校6年生から授業の一環で吹奏楽(単に「バンド」と言われていた)を選択できた。

フルートを選んだのは、大層な理由があったわけではない。大体は男子は金管、女子は木管、みたいなのが雰囲気としてはあったが、トランペットとかトロンボーンとかは音が大きそうで家で練習するとうるさがられそう、という理由で却下。

思い当たるとしたら以下の3点。

 ・日本から持っていった子供用の百科事典の音楽のところにフルートを吹いてる人の写真が載っていて印象に残っていた。

 ・幼稚園の時の発表会で、「森の音楽家」をやった時に、「小鳥」のフルートだった。小鳥の絵を描いて頭にかぶり、銀色の紙を巻いた筒を小鳥担当の子供は横に構えて「ぴぴぴっぴっぴ、ぴぴぴっぴっぴ」とやったのが印象に残っていた。

 ・当時好きだった「狩人」の弟、高道さんがフルートを吹いていて、たまにテレビでも披露していたりしたのが印象に残っていた。

まあ人生の出会いといってもそんな程度のものもあるということだろう。

こういうきっかけというのが後々大きな影響を与えることが多々ある。音楽や楽器との出会いもそうであろう。これから始める人、始めて間もない人にはできるだけいい出会いがあることを祈って止みません。

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はじめました

ブログ、はじめました。

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