シンフォニア・ノビッリシマ(3)
もう20ン年前のことですが、高校の吹奏楽部で学生指揮者をやり、定演でこの曲を指揮しました。必死で練習したものです。その時はその時点のベストを尽くしたつもりではあったが、後になればなるほど、もっとこうすればよかったのに、という思いがどんどん出てきて、以来、探究を繰り返し続けているがために、この曲とホルストの第一組曲には強い思い入れが生じてしまっているのです。。
「シンフォニア・ノビッリシマの指揮の仕方」という検索ワードでひっかかっている方を以前発見したことがある。
何とかの曲の指導法、とかいう検索している人もいます。ネットは便利ですが、そこから出てくる情報は玉石混合で信憑性の程は自分で判断するしかないので、そういうのをネットで探すのはどうなの?ではあります。
この曲は、吹奏楽スコアに汐澤安彦先生の解説が書いてある。
高校のブラスの定演でこの曲を振ることになった時は、佼成の吹奏楽自由曲集をよく録音していた汐澤先生のことは勝手に身近に感じていて、解説を一生懸命読んだ記憶がある(そのスコアはまだ手元にあるが・・・)。
それによると。。
冒頭は十分な粘りが必要、とある。
当時「粘り」とはどういう意味なのかよく分からなかった。
カチカチというタテ線のリズムだけを合わせるのではなく、十分に息を吹き込んで音を歌いこむ、ということなんでしょうね。大分後々になってようやく分かるようになってきました。
イメージとして近いと思うのは、吹奏楽ではないが、シベリウスの交響詩「フィンランディア」冒頭だ。シベリウスは交響曲なども、長いフレーズと粘りが必要とされる、と言われたことがある。
この曲は、カラヤン指揮ベルリン・フィル(1967年)のが私の定盤となっている。
この演奏の冒頭の、金管の序奏がまさにそんなイメージではなかろうか。指揮する方もそれなりの粘りが必要となる。長い指揮棒で拍をカチカチ叩くのではなくて、拳を握って腕全体に力を入れて全体でゆっくり動かす感じですかね。。言葉で説明するのは非常に難しい。。
フィンランディアの方は、大学オケに入って初めてやった曲だ。
入団して最初に1年生だけでオケを組んで、指揮者の先生から直々にオケのイロハの手ほどきを受けるのが通例だった。毎年7~8分程度の曲が課題曲として選ばれて与えられるのであるが、自分の時はフィンランディアであった。
その年の秋の文化際では、オケのメンバーがアンサンブルなどの出し物をやるのに混じって、1年生オケもこの初めての曲を発表する。この時は1年生から指揮者を出す。自分も推薦を受けたのだが、このカラヤンのを聞いてしまっていたがために、「(冒頭部分を)こんなに重厚な振り方は自分にはできない」と尻込みして辞退してしまったのであった。。
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